「進化の奴隷」にならず「幸福」に生きるための秘訣 哲学と心理学から導かれる「正しい幸福論」

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しかし、進化心理学の考え方を知ることで、自分の内側に生じた感情の背景にあるメカニズムを理解して、「自分は、この感情に従うべきでない」と認識することができる。そして、問題の性質について考えたり背景にある事情を調べたりするなどの「理性」を行使することで、感情に左右されずに、問題の解決につながる判断を決定することができるのだ。

わたしたちは生きていくうえで多かれ少なかれ理性を行使しているが、俗流の進化心理学の議論では、人間が感情だけで生きる動物であるかのように主張されることが多い。一方で、哲学者たちは古代から人間とは感情と理性の両方を備えた存在であることを認識してきた。本書でも、哲学者たちの議論に基づきながら、バランスのとれた考え方を提示している。

「欲求」をコントロールすることが「幸福」の秘訣

「幸福」は、哲学の主要なテーマであり続けている。とくに、古代ギリシアやローマの哲学者たちは「幸福になるためにはどのように生きればいいか」ということを考えるだけでなく、自分たち自身でその生き方を実践してきた。幸福に関する現代の心理学の研究でも、古代の哲学者たちの主張は大いに取り上げられているのだ。

幸福に生きるうえでまず参考になるのが、マルクス・アウレリウスなどによる「ストア哲学」の考え方である。ストア哲学では、性や食事に関する快楽を追い求めず、名誉や財産や社会的地位に関する欲求も捨てて、いま自分の手元にあるものに満足することが推奨される。欲求が満たせるかどうかは不確実であるうえに、満たしても虚しいことが多いからだ。

進化的に考えても、性欲や食欲などの短期的な欲求は、適切にコントロールする必要がある。たとえば、糖分や脂質が多い食材は、ほかの食材よりもわたしたちの食欲を強く刺激する。狩猟採集民たちが生きた環境では糖分や脂質などの栄養素は貴重であったから、摂取できる機会を逃さないために、人間はそれらの栄養素に強く反応するように設計されてきたのだ。

だが、文明や経済の発展によって、現代の先進国では糖分や脂質はまったく貴重ではなくなった。むしろ、過剰にあふれている。しかし、栄養素に関して人間が抱く欲求のメカニズムは先史時代から変わっていない。そのために、現代社会に生きるわたしたちはついつい糖分や脂質を過剰に摂取してしまい、肥満になったり生活習慣病になったりしてしまうのである。

性欲についても事情は同じだ。セックスの機会は限られてきたからこそ、わたしたちはセックスの相手を追い求めるように設計されてきた。そして、都会的な文化やマッチングアプリが発達した現在では、不特定多数の相手とのセックスを繰り返すことも困難ではなくなってきた。しかし、いくら性欲を満たしたところで、幸福になれるとは限らないのだ。

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