「進化の奴隷」にならず「幸福」に生きるための秘訣 哲学と心理学から導かれる「正しい幸福論」
人間や動物に備わった欲求というシステムは、個体を一定以上の年齢まで生き延びさせて、異性と性交して繁殖して遺伝子を残すために設計されている。脂質や糖分が目の前にあっても強く反応しない個体は、必要な栄養素が足りなくて、繁殖する前に早死にしたであろう。セックスに興味を持てない個体も繁殖ができないから、その遺伝子は後世に残らなかった。
問題なのは、欲求とはあくまで遺伝子を残すためのシステムであり、個体の「幸福」を実現するためのものではないということだ。わたしたちが肥満や生活習慣病になって苦しんだり、セックスばかりを追い求めて虚しい日々を過ごしたりしてしまうリスクについては、遺伝子は考慮してくれないのである。
近代に進化論が提唱されて遺伝子が発見されるよりもはるかに前から、古代のストア哲学者たちは、欲求のメカニズムに潜む問題に気がついていたようだ。性欲や食欲などの短期的な欲求に関しては、だれもが簡単に欲求を満たせるようになった現代社会でこそ、ストア哲学者たちの提言の意義は増している。
アリストテレスは「自己啓発」を主張していた
人間とは「言葉」を使える存在だ。わたしたちは目の前にいる相手と会話をしたり、噂をささやいて評判を伝えたりするなどの、複雑なコミュニケーションをする。さらに、言葉を使えることは、長期的な視野で考えることも可能にする。わたしたちは過去を振り返ったり未来を想像したりすることで「自分はこんな人間だ」というアイデンティティーを構築するのだ。
人間はほかの動物たちよりもはるかに高度な社会性と複雑な自己認識を備えているために、食欲や性欲のみならず、社会的関係やアイデンティティーに関する長期的な欲求も持っている。長期的な欲求に関しては、ストア哲学の主張が正しいとは限らない。むしろ、幸福を得るためには、短期的な欲求をコントロールしながら長期的な欲求を満たす必要がある。
長期的で持続的な幸福を考えるうえで参考になるのが、ストア哲学者たちが登場するさらに前に古代ギリシアで活躍していた哲学者、アリストテレスによる「ユーダイモニア(幸福/繁栄)」論だ。アリストテレスは、「有意義な目標に向かって、自分の強みを生かしながら、努力を重ねる」という「活動」のなかにこそ幸福が存在する、と論じたのだ。
現代では、「人間が幸せに生きること」を科学的に探究する学問である「ポジティブ心理学」によって、ユーダイモニア論の正しさが立証されている。自分の特性を理解したうえで、社会に貢献するような目標を定めて、家族や会社などのコミュニティーのなかでほかの人たちと関りながら、日々を前向きかつ生産的に過ごしていくことで、人は幸福になれるのだ。
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