世界の知性が考える資本主義を続ける哲学的根拠 世界の知識人が注目!ムーア「資本新世」の慧眼

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斎藤:なるほど。資本主義システムは、それぞれの時代の批判に応答しながら、内的に変化してきたわけですね。

山下:ええ。別の見方をすれば、フォーディズムというのは、あらゆる生産の工場化であり、ポスト・フォーディズムはあらゆる生産の情報化だったともいえます。たとえば、農林水産のような第1次産業も工場化され、さらに情報化されてきた。しかし前編で話したように、ムーアの視点に立つと、フォーディズム=工業化による正当化にも、ポスト・フォーディズム=情報化による正当化にも、人間の労働も含めた安価な自然からの収奪があったわけです。

では、ポスト・フォーディズムの後に来る資本主義はどういうロジックで正当化しなければならないか。一元論の議論を突き詰めて考えれば、あらゆる生産の内在化ということになります。これまでは、生産に関わっているアクターを、あるところから先は外部だと考え、そこから不当利潤を得ていたわけですが、それができなくなる。だから、あらゆるものの生産が内在化するし、それはとりもなおさず、あらゆる消費も内在化するということです。

資本主義はどう変化していくべきか

斎藤:いわば、人間も人間以外の存在も、生産・消費にかかわる行為者として考えようということですね。極端に言えば、空気だって生産に参加しているんだから、相応の対価を空気に払わないといけないと。

山下:そういうことになります。あらゆる生産、消費に関わるアクションが、わりと短いスパンで、自分の存在のあり方や自分の生存の基盤に跳ね返ってくる。そういうことを織り込まないと成り立たないことを前提に、資本主義をつくり直さないといけません。

最近、ビジネスの分野では「パーパス経営」「SDGs経営」ということが言われていますよね。これをきれいごとで終わらせないためには、新しい資本主義の正当化のモードとして、あらゆる生産の内在化だと捉えなければならない。こういったことが、本書から引き出せる処方箋になるはずです。

ただ、「あらゆる生産の内在化」という理念的な指針は出るものの、それが実現したときに、ライフスタイルや企業経営が具体的にどうなるのかという点までは詰めきれていません。幸い、最近私は企業人の前で話をする機会も増えましたし、いま勤務校で与えられている役職の立場では大学経営にも関わっているので、自分自身も1人の実践者として「あらゆる生産の内在化」の内実を考えていこうと思っています。

斎藤:本書は、資本主義の内的な変革のヒントになる本として読めるわけですね。

山下:もっといえば、よりよい資本主義のための哲学を提示している本ですね。資本主義を肯定しているだけの本は、終焉論と同じくらいたくさんありますが、そういった議論は、なぜ資本主義でよいのか、新しい資本主義がそもそも正当化可能な根拠が全く示されません。

この本は、よりよい資本主義があるとすれば、どういう哲学的根拠が必要なのかということを説得的に示すことに成功しています。その意味で、資本主義を論じるためには避けて通れない本だと思います。

山下 範久 立命館大学教授

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やました のりひさ / Norihisa Yamashita

1971年生まれ。東京大学大学院総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程単位取得退学。現在、立命館大学グローバル教養学部教授。専門は、歴史社会学、社会理論、世界システム論。著書に『世界システム論で読む日本』(講談社選書メチエ、2003年)、編著書に『教養としての世界史の学び方』(東洋経済新報社、2019年)、訳書にA・G・フランク『リオリエント――アジア時代のグローバル・エコノミー』(藤原書店、2000年)ほか多数。

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斎藤 哲也 ライター・編集者

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さいとう てつや / Tetsuya Saito

1971年生まれ。東京大学文学部哲学科卒業。ベストセラーとなった『哲学用語図鑑』など人文思想系から経済・ビジネスまで、幅広い分野の書籍の編集・構成を手がける。著書に『試験に出る哲学 「センター試験」で西洋思想に入門する』がある。TBSラジオ「文化系トークラジオLIFE」サブパーソナリティも務めている。

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