「脳に直接電流を流した」彼に起こった衝撃の結果 米国で巨額投資進む「ブレインテック」の現在地
これらBMIの歴史は意外に古くまでさかのぼり、すでに1960年代には各国の大学や国立研究所などを中心に地道な研究が始まっていた。それは基本的に、脳卒中などの病気や脊髄損傷などの怪我で四肢の麻痺した人たちに向けて、脳からロボット・アームを操作するなど新たなリハビリ手段の開発を主な目的としていた。
これら基礎研究の成果をベースに、マスク氏のニューラリンク社も(少なくとも当面は)肢体麻痺の患者らに向けて侵襲型BMIの事業化を目指している。ただし、今のところはブタやサルなどを使った動物実験の段階だ。今年4月にはマカクザルの脳に「リンク」と呼ばれる読み取り装置を埋め込み、このサルが脳から念じるだけでコンピューターを操作してピンポン・ゲームを遊ぶ様子を公開した。
これまで大学などで開発されたBMI技術とニューラリンクのそれとの違いは、後者がブルートゥースを使った無線方式であることだ。これにより(従来の有線方式に比べて)外見上の違和感がなくなり活用の自由度が増すなど、BMIの実用化(商品化)に向けて大きな一歩を踏み出すと期待されている。
すでにニューラリンクはアメリカのFDA(食品医薬品局)など規制当局に人間の患者を対象にした臨床試験の許諾を申請中と見られるが、これまでのところ当局から許可は下りていない。
理由の1つは患者の健康上の懸念だ。ニューラリンクが開発した技術では患者の脳内に半導体チップを埋め込むため、それによる発熱が脳細胞を傷つけるなどの危険性が指摘されている。
マスク氏の奇想天外なビジョンに規制当局は困惑
こうした懸念と共に、規制当局を不安にさせているのがマスク氏の日ごろの言動だ。ここ数年のAI(人工知能)ブームの中で、私たちの仕事がAIに奪われる雇用破壊やシンギュラリティ(AIが人類の知能を超える技術的特異点)などのAI脅威論が取り沙汰されている。
そうした中でマスク氏は「今のペースでAIが進化すれば、いずれ人類はAIの支配下に置かれてしまう」との不吉な予言をしばしば口にしていた。このAIに立ち向かうため、人類の側でも何らかの対策を講じる必要がある。その手段がBMIであるというのだ。
マスク氏の考えでは、脳内に埋め込まれたチップによって私たち人間は脳から念じるだけでスマホなどIT端末に文字を入力するなどの操作を高速かつスムーズに行えるようになる。また脳とコンピューターやインターネットを直結して、サイバー空間から脳に直接情報をダウンロードすることもできる。いずれは脳から脳へと直接コミュニケーションする「テレパシー」のような能力も育む。
果てしない進化を遂げるAIの脅威に対向するためには、人類の側でもここまで自らを強化しなければならない――このようなビジョンを国際会議などでマスク氏はたびたび公言していた。ニューラリンクはそのために創業されたという。もちろん当初は(前述の)医療用の研究開発から着手するのだが、マスク氏が本当にやりたいのは、どうやらBMIでAIに立ち向かうことのようなのだ。
こうしたマスク氏の奇想天外なビジョンをアメリカの規制当局は持て余している。ニューラリンクが申請する臨床試験への許可がなかなか下りないのはそのためだ、と見られている。
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