「脳に直接電流を流した」彼に起こった衝撃の結果 米国で巨額投資進む「ブレインテック」の現在地

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しかしそんな懸念とは裏腹に、BMI開発への投資はうなぎのぼりだ。今年7月、ニューラリンクは中東の投資会社やグーグル傘下のベンチャーキャピタルなどから2億ドル余り(200億円以上)を調達した。BMI業界全体では今年前半だけで、昨年通年の3倍以上となる3億5000万ドル以上の資金が注ぎ込まれている。

これを追い風に、欧米や日本、中国をはじめ世界中の企業が続々とこの分野に参入。その多くは非侵襲型のBMIを開発し、たとえば脳波の技術で「ゲームを操作する」「睡眠を改善する」「集中力を高めて仕事の生産性を上げる」など、さまざまなアプリケーションの商品化を図っている。

これらの中で一際注目を浴びているのが、最近社名を「メタ」と変更したフェイスブックの取り組みだ。同社は2017年ごろからゴーグルなど非侵襲型BMIの開発を進め、その一環として「脳から念じるだけで毎分100単語のテキスト(文字情報)」をスマホに入力する技術開発を進めてきた。

この分野で先頭を走るアメリカのカリフォルニア大学サンフランシスコ校と共同研究も実施。この研究チームは今年7月、脳卒中で身体麻痺と失語症に陥った男性患者が言いたいことを脳から念じるだけでコンピューター画面に表示する侵襲型BMI技術を公開した。

「脳からの文字入力」計画を突如中止したワケ

フェイスブック(メタ)はこの技術を非侵襲型に応用して、(前述の)「脳からの文字入力」技術を実現する計画だった。ところが今年7月、同社は自社ブログでこの計画を突如中止したことを明らかにした。

理由の1つは技術的な限界だ。非侵襲型のBMIでは、脳から頭蓋骨を透過して外に漏れ出てきた脳内信号をウェアラブル端末で受信してスマホなどの操作に充てるが、このような信号はノイズが多すぎて文字入力のような高い精度が要求されるアプリには不向きなのだ。

これと並んで、新たなプライバシー侵害の懸念も中止の一因として考えられている。その背景には、ここ数年で急激に高まった巨大IT企業への不信感がある。

2018年、フェイスブックから推計8700万人分のデータが英国の政治コンサルティング会社ケンブリッジ・アナリティカに不正流出していたことが明らかになり、ここからEUの「GDPR(一般データ保護規制)」など、個人情報の管理・保護を強化する規制へとつながっていった。

そうした中、プライバシーの「最後の砦」とも言える脳内情報までフェイスブックなど巨大IT企業に明け渡すことは危険極まりないとの見方が出ている。これに配慮する形で、フェイスブックは「脳からの文字入力」計画の中止に踏み切ったようだ。

一方、南米チリでは今年10月、憲法を改正して「ニューロライツ(脳内の人権)」条項を追加。「AIや神経科学の発達により、脳内のプライバシーや自己同一性、思想の自由などが侵されることを防ぐ」と保障している。

つい数年前までBMIは近未来のSF技術と見られていたが、今や一部の国では憲法改正でそれに対処するなど、かなり差し迫った事態にまで発展しているようだ。

小林 雅一 KDDI総合研究所リサーチフェロー、情報セキュリティ大学院大学客員准教授

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こばやし まさかず / Masakazu Kobayashi

東京大学理学部物理学科卒業、同大学院理学系研究科を修了後、雑誌記者などを経てボストン大学に留学、マスコミ論を専攻。ニューヨークで新聞社勤務、慶應義塾大学メディア・コミュニケーション研究所などで教鞭を執った後、現職。著書に『クラウドからAIへ──アップル、グーグル、フェイスブックの次なる主戦場』(朝日新書)、『AIの衝撃──人工知能は人類の敵か』(講談社現代新書)、『生成AI──「ChatGPT」を支える技術はどのようにビジネスを変え、人間の創造性を揺るがすのか?』(ダイヤモンド社)など多数。

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