中国で深刻化する労働争議、対処療法に終始してきた現地労務管理のツケ


「あっちの工場でもやっている」

1990年代初頭にも労働争議がブーム化したことがある。当時、広東省に滞在中、多くの労働争議に出くわした。在広東日系企業もその渦中にあった。珠海のキヤノン(佳能珠海有限公司)やミツミ電機(珠海三美電機有限公司)では従業員が賃上げを要求して一斉に職場放棄した。外部オルグによる煽動であった。

数日間で収束したものの、この時、ひとつの情報がひそかに広東省の日系企業社会を駆け巡った。

「満額(100%)回答したらしい」

そのうわさは広東省内の台湾系、香港系企業を直撃した。当時、ミツミ電機の両隣にあった台湾企業の月給は250人民元。ミツミ電機が要求に屈して月700~750人民元に上げた。

台湾企業いわく、「なぜ丸呑みするのか。必ずやわれわれにも影響が及ぶ。もう珠海ではやっていけない」。

この時もストライキは中国各地に飛び火した。大連(遼寧省)のマブチモーター(萬宝至馬達大連有限公司)もそのひとつだった。女子工員らは製造ラインに座るだけで、何もしない。山猫ストだ。女子工員に話を聞いたところ、「あっちの工場でもやっている」。

この言葉の軽さに少なからず面食らった。

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カーリング人気萌芽の時代から、平昌五輪での銅メダル獲得まで戦い抜いてきた著者。リーダーとして代表チームを率いつつ、人生の一部としてカーリングを楽しめるにまで至った軌跡や、ママさんカーラーとして子育てで得た学びなどを語る。