本連載では、家族、中でも親との関係が悪いと訴える人は多い。最近にわかに流行している言葉でいうなら、“親ガチャ”に外れたという人だ。持論にはなるが、そうした場合の解決方法はひとつ。物理的にも、精神的にも家族とは距離を置くしかない。にもかかわらず、取材で出会った人の中には、父親や母親に対する恨みや怒りを口にしながら、なおも同居を続けたり、まめに連絡を取ったりしている人が少なくなかった。それぞれに言い分や理由はあるものの、親ガチャの呪縛から逃れられていないのだ。
少し話はそれるが、以前日本の社会的ひきこもりの問題を取材したとき、欧米では大人のひきこもりが比較的少ない理由について、ある識者から「欧米ではひきこもりになる代わりにヤングホームレスになるからだ」という旨の説明をされ、腑に落ちたことがある。家族主義と個人主義の違いである。ヤングホームレスの場合、薬物中毒や犯罪の増加につながりやすいので、どちらがよいとは一概にはいえない。
両親からの独立は避けて通れない第一歩
ただひきこもりかどうかは別にして、親子であるという理由だけで同じ屋根の下に住み続けたとして、果たしてうまくいくものなのだろうか。無理に同居を続けた結果、取り返しのつかない悲劇に見舞われることのほうが、私は恐ろしいと思う。
親子ゆえに愛憎半ばする関係については想像も、理解もできる。ただ一生縁を切るにしても、長い時間をかけて関係を修復するにしても、折り合いが悪いと思うなら、いったんは心身ともに距離を取ったほうがよい。親との関係が貧困の原因だというなら、なおさらだ。
ただナツオさんの場合は、両親の“期待”にこたえ、高校生のときから働き詰めに働いた。その結果、うつ病になり、働けなくなり1人暮らしもできなくなったという事情がある。私はナツオさんから「両親からの期待があった」という話を聞いた当初、それは「しっかり勉強して安定した働き口を見つけろ」という意味だと理解したが、ナツオさんは「1日も早く働け」という意味だと受け止めたという。小さなころから「親を養え」と言われ続けてきたことを考えると、それも含めてやむをえないことかもしれない。
それでも、ナツオさんがまずはうつ病を治したいと考えるなら、やはり両親からの独立は避けて通れない第一歩なのではないか。今のままでは、パワハラやセクハラの加害者である上司や同僚と同じ職場で働き続けているのと同じことだ。生活保護や障害年金など、日本には利用できる公的なセーフティネットがないわけではない。
これに対してナツオさんは「(生活保護の住宅扶助の基準内で借りている)兄のアパートの環境があまりにも悪く、ああいう家にしか住めないのかなと思うと生活保護はちょっと……。障害年金は(細切れ雇用のせいで)未払いの期間が多く、受けられないみたいです」と、今すぐ1人暮らしを始めることについては消極的だ。
ナツオさんによると、ここ数年フリーランスで請け負っているゲーム制作の仕事の収入が増えたという。「最近、毎月の収入が3万円から5万円ほどに上がったんです。この仕事が軌道に乗ったら、そのときには1人暮らしをしたい」。
しばらくは両親との同居を続けるというナツオさん。その選択が吉と出るのか、凶と出るのか。それは誰にもわからない。
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