ただしアメリカのインド太平洋シフトを成功させるためには、アメリカが地域関与の戦略を明確にし、同盟・パートナー国との協議と利害調整の手続きを重視する姿勢を示すことが重要だ。アフガニスタン撤退の稚拙さにみる欧州諸国の不信の高まり、米英豪AUKUS形成で仏豪安保協力を反故にされたフランスの憤りは、こうした同盟国との協議が不全だった典型的な例である。戦略的に優れた決定も、同盟管理と手続きの不備が目立てば、危機に対抗する同盟国間の結束力や国民を動員する規範力を失わせてしまう。
アメリカと同盟国による「インド太平洋シフト」の実現には、以下のような条件が必要となる。まずアメリカは、①近く公表される「インド太平洋戦略」を同盟国・パートナー国との協力の基盤とすること、②対中国防戦略を明確化し、アメリカ議会は実効的な国防予算を確保すること、③同盟国(日本、オーストラリア、ニュージーランド、韓国、フィリピン、タイ)との戦略協議を重視すること、④ASEANを中心とする地域協力枠組みを規範形成の場として重視すること、が重要だ。
そのうえで、アメリカが域内の同盟・パートナー国と中国との経済的相互依存関係と、民主主義・人権をめぐる複雑なニュアンスを理解できれば、より効果的なインド太平洋戦略を展開できるだろう。
日本を含む同盟・パートナー国の課題
また日本を中心とするインド太平洋地域におけるアメリカの同盟・パートナー国の課題は以下の通りである。①アメリカ軍と同盟国が統合戦闘コンセプトに基づく共同作戦の領域を拡大する、②中国との戦略的競争で自律的領域を最大限高めること(国防費を増大させる)、③中国による「相互依存の武器化」に対抗できる経済的強靭性を持つ、④ミャンマー問題にみられる民主主義・人権分野の課題を地域内の努力で改善に導く、⑤アメリカが参加しない枠組み(ASEANプラス枠組み、CPTPP、RCEP等)の影響力を高めつつ、アメリカのインド太平洋戦略との相乗効果をもたらすよう、アメリカと同盟・パートナー国は常時戦略的な調整を行う。
重要なことは「インド太平洋シフト」は、アメリカと同盟国との共同作業で達成すべき課題だということだ。そのためにも、アメリカと同盟国が緊密な戦略協議を実施し、同盟国にもインド太平洋地域における自律的な役割を拡大することが求められるのである。
(神保謙/アジア・パシフィック・イニシアティブ-MSFエグゼクティブ・ディレクター、慶應義塾大学総合政策学部教授)
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