ミサイル網担う奄美「有事の島外脱出策ない」深刻 陸自配備から2年、6万人近い島民をどう守る?

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島嶼での戦争を想定する以上、住民の島外脱出が大前提にならなければならない。かつての沖縄戦のように、住民を巻き込みながらの戦争など許されるはずはないからだ。

先島方面の宮古島市や石垣市では、国民保護計画に基づいた避難計画の内容が、災害時のマニュアルと大差なく、実効性に疑問が持たれている。つまり、学校や公共施設を避難所にする、医療協力を医療従事者に求める、といった程度の内容しかない。

奄美も、全住民を島外に退避させうる具体策はまったくない。もっと言えば、沖縄県にしても、島外避難については「国との調整」「在沖米軍との連携」という文言があるだけ。危険になった島から脱出する「国民保護」についての計画はないに等しい。

もちろん、軍事作戦と密接に関係する事項であり、国民保護計画を策定する自治体側には、そもそもそんな範囲しか書けない。では、有事の際、奄美大島の5万人余りは、どうやって島外に出るのか。臨時の航空便や船便で脱出させるのか。それを担うのは民間の船会社や航空会社なのだろうか。

いずれにしろ、政府や自衛隊、あるいはアメリカ軍しか手段を講じることができない規模の話であり、「市町村や県の国民保護計画に書き込まれていない=私たちが逃げる手段は確保されていない」という最も大きな不安につながっていく。

有事に巻き込まれる可能性は増大した

結局、「自衛隊がいたほうが安心か、自衛隊は住民を守ってくれるか」は、状況によって真逆の見方になるだろう。有事の前なら抑止力が利いていると解釈できるから「YES」かもしれないが、有事になれば最優先で住民を守る任務は自衛隊にはないので「NO」と認識すべきだ。

これを奄美大島に当てはめると、自衛隊のミサイル部隊が来る前と後では、住民の運命は大きく変わってしまったと言える。有事に巻き込まれる可能性は、基地ゼロの状態よりも増大したからだ。有事に備え、自衛隊の行動とは別に住民の命を救う避難方法を確立せねばならないが、それは未整備だ。

「オリエント・シールド21」の様子(陸上自衛隊の公式動画から)

奄美についてはアメリカ軍の動きも気になる。

中国軍の能力増大を受けて、アメリカ軍は第一列島線上に地上発射型の中距離ミサイルを構築する予算確保に動いた。その場所は明らかではないが、奄美大島か沖縄本島のどちらかと言われている。核弾頭も搭載可能なこのミサイルに対し、沖縄本島では猛反発が予想されることから、奄美の可能性が高いという見方もある。

奄美には、沖縄のような「反基地」運動もなく、自衛隊基地もスムーズに開設できた。日米合同の軍事訓練「オリエント・シールド21」もすんなりと受け入れてくれた。日米の当局者にとって、そんな奄美大島は沖縄よりずっと都合のいい島と映っているのではないか。

三上 智恵 ジャーナリスト、映画監督

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みかみ ちえ / Chie Mikami

沖縄の基地問題をテーマにしたドキュメンタリー映画「標的の村」「戦場ぬ止み」、沖縄戦の深部を描いた「沖縄スパイ戦史(共同監督作品)」などを全国公開。著書「証言 沖縄スパイ戦史」はJCJ賞、城山三郎賞、早稲田ジャーナリズム大賞を受賞。

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