ホンダ「NSX」和製スーパーカー終売の意味とは スポーツのホンダ終焉、次世代はBEVなのか?

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手前は2020年モデルのNSX、奥は初代NSXタイプS(撮影:尾形文繁)

NSXの初代モデルが登場したのは1990年。レーシングカーなどにも使われる軽量なオールアルミ製モノコックボディを採用した、世界初の量産車として誕生した。車体価格は約800万円、バブル景気の真っ最中であったこともあり、大きな話題を呼んだ。

当時のホンダは、世界最高峰レースであるF1において、破竹の勢いをみせた第2期黄金期だった。第1期は1964~1968年の参戦時で、1983年に15年ぶりの復活を果たす。参戦3年目の1985年終盤には、エンジンを供給していたウィリアムズ・ホンダが3連勝を記録。翌1986年シーズンには、全16戦中9勝という圧倒的強さをみせコンストラクターズタイトルを獲得した。

F1での成功は、日本はもちろん、世界的にホンダのブランドイメージを押し上げた。当時は、レースでの勝利が市販車の売り上げにも大きく影響した時代で、スポーツカーの人気も高かった。日産の「スカイラインGT-R」、トヨタの「スープラ」や「セリカ」などの国産スポーツカーが大きなセールスを記録していた頃だ。

ホンダのスポーツモデルとして今でも人気の高いシビック・タイプR。写真は1997年モデル(写真:本田技研工業)

そんな時代背景もあり、F1で勝ち続ける「強いホンダ」の象徴として生まれたのがNSXだといえる。1990年代のホンダは、NSXのほかにも「シビック・タイプR」や「インテグラ・タイプR」など、数多くのスポーツモデルを輩出し、国内だけでなく、グローバルでも大きな成功を収める。

初代NSXのコンセプトや販売台数

1990年にデビューした初代NSX(写真:本田技研工業)

初代NSXのコンセプトは、前述のとおり、「人間中心のスーパースポーツ」だ。当時の主なスポーツカーは、速さを追求するあまり、高性能ではあるが、乗り手に技量や緊張感などを強いるモデルも多かった。対するNSXは、ミッドシップ・レイアウントで搭載した3.0L・V型6気筒エンジンが放つ高い動力性能を持ちつつも、誰にでも運転が楽しめる扱いやすさも備えるスーパーカーとして開発された。

2002年に登場したNSX-R(写真:本田技研工業)

初代NSXは、年々熟成を重ねながらも、基本構成をほとんど変えず、2006年までの16年間販売されたロングセラーモデルだ。長い販売期間には、数多くの派生モデルも生まれた。1992年には120kgもの軽量化を施し、運動性能を向上した「タイプR」を限定販売(2002年には「NSX-R」の名称で正式ラインナップ)。1995年には、オープントップモデルの「NSX-T」も登場した。さらに1997年には、エンジン排気量を3.2Lにアップした「タイプS」も追加した。今回発表されたNSX タイプSの元祖だ。

初代NSXタイプS(撮影:尾形文繁)

なお、初代NSXの販売台数は、16年間でグローバル1万8507台、国内では7353台。初代をベースとしたタイプSは、ベースモデル同様2006年まで販売され、国内で238台を販売。最終的に価格が1000万円を超えたことや、少量生産だったこともあり、販売台数は少ない。数を売るというよりも、フラッグシップとしての意味合いが大きかったモデルだいえるだろう。

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