「家に冷房なし」でも我慢せずに夏を乗り切る方法 自分史上最高にノーコストで快適に過ごせた訳

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あとですね、夏にも良いところがあるんだってことを忘れないことも大事です。このクソ暑いのに良いところ? そんなもんねーよと言いたくなる気持ちはわかるが、まあそう言わずによくよく観察してみれば、そんなこたあないんだよ。

例えば、夏は洗濯物がよく乾く! スイカがうまい! 入道雲がかっこいい! 朝がちょっと涼しい! とかなんとか、数え始めたら案外いくらだってある。

それを発見するごとに、暑さへの憎しみも半減します。憎しみは熱を呼ぶからそれだけでちょっとは涼しく過ごせる。人間だって褒められたらうれしいのと同じで、きっと夏だって褒められたらうれしい。そうなれば厳しい態度を和らげてくれるかもしれません。

風が全身を包み込む奇跡

あ、そうそう。それで冒頭の話に戻るんだが。

夏をよく観察するようになって、にわかに大注目するようになったのが「風」だ。風こそは夏のキーパーソンである。最強の「いい人」である。何しろどんなに気温が高くとも、一陣の風さえ吹けばすべてが帳消し。

ということでこの10年、なんとか風を捕まえようと延々と努力を続けてきた。家の中でも風が吹き抜けるスポットを細かく観察し、ネコのごとく涼しい場所を移動するようになった。

さらにはほんのわずかな風も逃さず感じとることができるよう、暇さえあればハッカ水のスプレーを体にシュッシュとふりかけている。世界広しといえども、私ほど全身全霊で風に注目し、風を愛でてきた人間はそうそういるまいと自負している。

そうしたらですね、今年の夏、ちょっとした奇跡が起きたのだ。

ある日の夕食後、片付けを終えて窓の近くの床にゴロンと横になった時、ふと全身を包み込むような、ふんわりした風の「かたまり」に体全体が包まれるのを感じた。

それはえも言われぬ圧倒的な気持ち良さであった。まるで魔法のじゅうたんにふわっと体ごと持ち上げられるような。あまりにも完璧な風であった。いやもしかすると、これまでにもこんなふうに風は吹いてくれていたのかもしれないが、不覚ながらちゃんと認識できていなかった。まだまだ「見方」が浅かったのだ。だが10年間の粘りは決して無駄ではなかった。私はついに、11回目の夏にして初めて、完璧な風の形をしっかりと捉えることに成功したのである。

思わず「10点!」と心の中で叫ぶ。

この時を境に、私はどんな風もちゃんと捉えることができるようになった。風は、ただ吹いたり止まったり、あるいは強く吹いたり弱く吹いたりするだけかと思っていたけれどそうじゃなかったのだ。それぞれ「形」があるのだ。それが窓の外から不意にやってきて、気まぐれに私を一瞬捉え、すっと消えていく。いやー面白い!

というわけで、風がやって来るたびに「7.5点!」「9点!」と採点をして一人で遊ぶのが夏の夜のこのうえない楽しみとなった。となると風も面白がって手を替え品を替え、あらゆるバリエーションを披露していくのであった。

風の弱い日はなかなか現れてくれないが、それでもワクワクしながら待っているとちゃんと不意に現れて、それなりの一芸を見せ、去っていく。それを楽しみに待つうちに、私はいつの間にかすーっと気持ち良く眠りについているのであった。

というわけで、気づけばこの夏は、寝苦しい夜がただの1日もなかったのだ。この10年で初めてのことである。

バカな話と思われるに違いないが、本当のことである。われわれはこの世の中を見ているようで、実はちっとも見ていないのではないだろうか。自然を拒絶せず受け入れること。そのためによく見ること。それは、この便利な世の中では案外とハードルの高いことである。でもその先に、未開の鉱脈が数限りなくあるんじゃないかと希望を持つ今日この頃である。

稲垣 えみ子 フリーランサー

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いながき えみこ / Emiko Inagaki

1965年生まれ。一橋大を卒業後、朝日新聞社に入社し、大阪社会部、週刊朝日編集部などを経て論説委員、編集委員をつとめる。東日本大震災を機に始めた超節電生活などを綴ったアフロヘアーの写真入りコラムが注目を集め、「報道ステーション」「情熱大陸」などのテレビ番組に出演するが、2016年に50歳で退社。以後は築50年のワンルームマンションで、夫なし・冷蔵庫なし・定職なしの「楽しく閉じていく人生」を追求中。著書に『魂の退社』『人生はどこでもドア』(以上、東洋経済新報社)「もうレシピ本はいらない」(マガジンハウス)など。

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