最強戦艦「大和」に特攻させた「組織の論理」の怖さ 3000人超が犠牲、現代にも通じる愚策の背景

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この日本海軍最後の艦隊特攻作戦は、いくつかの問題を残した。第1に挙げられるのは、特攻作戦と称し、特攻出撃を命じながら、航空特攻戦死者には、例外なく与えられた2階級特進が無視されたことである。

海軍当局は特攻戦死者に明瞭に格差をつけていたのではないか。これは、進撃途中に伊藤整一第二艦隊司令長官が、作戦の中止を命じたためであるとも言われているが、少なくとも中止命令以前の戦死者は、特攻戦死者であることに疑いはない。航空特攻でも、出撃して未帰還の場合は特攻戦死とされるが、敵を見ず、帰投するとの連絡後に、未帰還となった場合は、特攻戦死とならない場合がある。

さらに、出撃にあたって連合艦隊司令部から与えられた命令は次のようなものであった。

「帝国海軍部隊は陸軍と協力、空海陸の全力を挙げて沖縄島周辺の敵艦隊に対する総攻撃を決行せんとす。皇国の興廃はまさにこの一挙にあり、ここに特に海上特攻隊を編成し、壮烈無比の突入作戦を命じたるは、帝国海軍力をこの一戦に結集し、光輝ある帝国海軍海上部隊の伝統を発揚すると共に、その栄光を後昆に伝えんとするに外ならず。各隊はその特攻隊たると否とを問わず、いよいよ殊死奮戦、敵艦隊を随所に殲滅し、もって皇国無窮の礎を確立すべし」

目標は「日本海軍の栄光」の伝統発揚だった!

この命令を起案したのが誰なのかはっきりしないが、この命令文が示すものは、この特攻艦隊の出撃が、「海軍の伝統を発揚」するために命ぜられたものである、ということであった。

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付帯的に付けられた「皇国無窮の礎を確立」することとともに、そこにはなんら遂行中の戦争に対する戦術的展望もなければ、すべてを失った後に対する考慮も読み取ることはできない。この作戦の目標は戦果ではなく、「日本海軍の栄光」の伝統発揚のためだったのである。

これは、かつて「栄光なきレイテ突入」を断念した栗田健男第二艦隊司令長官(当時)の判断と表裏一体のものであった。日本海軍にとっては、海軍あって国家なしと言われても仕方のない文章である。

海軍は、ただ「輝ける伝統」という幻を守るために多くの艦艇と人命をアメリカ軍の攻撃の前に差し出したのであろうか。

当時の海上護衛参謀大井篤氏(大佐)はこの命令内容を電話で聞いて激怒し、「この期に及んで帝国海軍の栄光が何だ、それだけの燃料があれば、大陸から食糧をどれだけ運べると思っているのか」と叫んだ、と筆者に語ってくれたことがある。

大井氏はさすがに、何が本当に大切であるかをつねに考えていた軍人であった。リアリズムに徹しており、現代のわれわれが納得できるセンスの持ち主と言えるが、当時の日本海軍において彼のようなセンスの持ち主は多くはなかったのであろうか。

戸高 一成 日本海軍史研究家

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とだか かずしげ / Kazushige Todaka

呉市海事歴史科学館(大和ミュージアム)館長。1948年、宮崎県生まれ。多摩美術大学美術学部卒業。1992年、(財)史料調査会の司書として、海軍反省会にも関わり、特に海軍の将校・下士官兵の証言を数多く聞いてきた。1992年に理事就任。1999年、厚生省(現厚生労働省)所管「昭和館」図書情報部長就任。2005年より現職。2019年、『[証言録]海軍反省会』(PHP研究所)全11巻の業績により第67回菊池寛賞を受賞。著書に『戦艦大和復元プロジェクト』(角川新書)、『帝国軍人』(大木毅氏との共著)など

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