東大教授が語る「人がサイボーグになる」の現実度 「ネオ・ヒューマン」が示す「未来の人類」の姿

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ピーターさんは未来を変えようとしていると思います。この本によって、こうした未来の世界が広まり、希望が持てるようになる。一般化したビジョンをつくって世の中を変えようとしている彼の姿勢に、勇気をもらったんです。

「究極の自由」は老いからの解放

私たちの研究やピーターさんの事例は特殊で、自分には関係ないと思う人が多いかもしれません。でも、そんなことはありません。

稲見 昌彦(いなみ・まさひこ)/東京大学先端科学技術研究センター 身体情報学分野教授。博士(工学)。JST ERATO稲見自在化身体プロジェクト 研究総括。自在化技術、人間拡張工学、エンタテインメント工学に興味を持つ。アメリカ『TIME』誌Coolest Invention of the Year、文部科学大臣表彰若手科学者賞などを受賞。超人スポーツ協会代表理事、日本バーチャルリアリティ学会理事、日本学術会議連携会員等を兼務。著書に『スーパーヒューマン誕生!人間はSFを超える』(NHK出版新書)、『自在化身体論』(共著、NTS出版)他。写真は自身が開発した「透明マント」を着る稲見氏。身体の後ろにある階段が透けて見えている(撮影:Ken Straiton)

私はもともと、大変な運動音痴でした。運動のできる人は「身体が自由自在に動くのは当たり前じゃないか」と言いますが、私にとってはそうではなかった。

身体は、決して自分の思った通りに動くものではありません。小さい頃から「もっとうまく身体を動かせたら」という気持ちがいつも頭の片隅にありました。

そんな私が大きな衝撃を受けたのが、1984年のロスオリンピックの開会式で、「ジェットパック」を装着した人が、競技場の上空を飛び回る姿でした。大変な感銘を受けたことを覚えています。

テクノロジーの力を使えば、体を鍛えてもできなかったことが、できるようになるのかもしれない。そんな可能性を感じたのです。これが、現在にいたる私の研究の原体験です。

もともと運動音痴でなくても、老いてくれば誰でも、身体はどんどん不自由になります。それまでできていたことができなくなったとき、「この先もどんどん悪くなるんだ」と心も老いてゆきます。

ところが、テクノロジーの力を使うことで、体の老いと心の老いを、独立にできるかもしれないとしたらどうでしょう。それが、ピーターさんの言う「究極の自由」ということかもしれません。

一般に、寝たきりになると認知症が進むと言われますが、それは、情報や社会とのアクセスが取れなくなり、新しい経験を入れることができなくなるからかもしれません。さらに人間関係も固定されてしまい、コミュニケーションの相手もいなくなる。入出力が固定されると、それを処理する機能も衰えていくというメカニズムが想像されます。

人は動物の一種であり、動くということ自体が、知的振る舞いの一種なのです。あの山の向こうはどうなっているのか、想像を巡らせることもできるが、歩いてそれを確かめに行くこともできる。

移動の自由、行動の自由、社会とのアクセス。それらが、どんな状態であっても、どこにいても、テクノロジーによって担保できるのであれば、年を重ねるということは、決して不幸とは限らなくなります。むしろさらに経験を積み、より先の未来にアクセスできるかもしれません。

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