東大教授が語る「人がサイボーグになる」の現実度

「ネオ・ヒューマン」が示す「未来の人類」の姿

このような研究に取り組むなかで、私はずっと、人間の能力とはいったい何だろうと考えてきました。

当初は、運動や勉強、芸術などの能力は、身体と共に自己に備わっている、その人の持ち物なのだと考えていました。しかし、この10年ほどで考え方が変わりました。

例えば、「若者のコミュニケーション能力」ということがよく問題として語られます。ところが、コロナ禍でオンライン講義となり、匿名で質問やコメントができるツールを利用したところ、学生がそれまで以上に積極的にコミュニケーションをとるようになっているのです。

こんなこともありました。2000年代に広まったオンラインRPGゲーム『ウルティマオンライン』の世界では、多くのプレーヤーが一緒にプレーするなか、耳の不自由な方がかなり活躍したと言われています。

なぜならコミュニケーションツールが、声ではなくテキストチャットだったからです。物理世界における大気を介したコミュニケーションが不得意でも、テキストチャットでは弁が立ち、リーダーシップも発揮できる方がたくさんいたのです。

結局、能力とは、自己に帰属するのではなく、自己と環境、つまり、他者も含めた環境との相互作用そのものなのです。

そして、人間が他の動物と違うところは、自分だけでなく、環境をも変えることができるという点です。

『ネオ・ヒューマン』を読んで、科学者として素直に感銘を受けたのが、この部分です。ピーターさんは自分だけでなく、社会という自分を取り巻く環境を変える実践をしているところが凄いですね。

ピーターさんは自分を変えて、ネオ・ヒューマンというものに昇華しようとしています。加えて、ネオ・ヒューマンという存在を受け入れる価値観を作ることで、環境を変えようとしています。

例えば、自分をサイボーグ化するにあたり、当初は反対していた医者を説得し、NHS(国民保健サービス)の枠内で手術を行っています。この「環境を変える力」は並大抵なものではないのではないでしょうか。

セクシャリティの問題、病気の問題、いろんなバリアに当たってきた彼には、それを打ち破って、マイナスから大きな変化へとつなげようとするマインドがあります。

自分の能力を、そして自分自身を生かすために、環境を変える。本書すら、そのための道具の1つなのではないかと私は解釈しました。

身体拡張はどこまで許されるか

「環境」の大きなファクターの1つが、「社会の価値観、倫理観」です。今後は、どこまで身体をいじってよいのか、という議論になるでしょう。

ピーターさんは、あくまでも、ご本人が難病にかかり、体がどんどん動かなくなっていくという問題に対処するために、サイボーグ化を行っています。

しかし、同じことを健常者がやりたいと言ったときに認めるのかどうか。自分で食事をしたくないから、気管と消化管と腸に穴を開けたいという人の希望を認めるのかというと、それは厳しいと感じます。また、ALSではなく、別の病気ならどうなのかという問題もあります。

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