岩田さんはこう回顧する。
「タクシー会社が若い世代にとって長く働きたい場所かといえば、現段階での答えはノーでしょう。
ただ、第二新卒や夢を持った子たちに絞り、羽ばたく前の受け皿になることはできる。5年ほど前から、つながりがある芸能事務所とも情報共有して、タクシーで働きながら彼らの夢を応援するための採用方法を考え直した。
本当にやりたいことがある若者は仕事も頑張ってくれます。急な仕事が入った、オーディションを受けたい。そんな前向きな理由での勤務変更は、基本的にすべて受け入れています。それくらい割り切った発想で採用や経営を考えないと、大手以外のタクシー会社は生き残っていけませんから」
岩田氏の大胆な舵取りもあり、2018年ごろから若手の芸能ドライバーたちが集まってくるようになっている。そして、コロナ苦境にも負けず数字を残しているのだ。
IT企業を辞めて俳優になった
町田遥裕さん(26)は、2020年2月にタクシードライバーとして働き始めた。本業は某芸能事務所に所属する俳優でもある。兵庫県姫路市の高校を卒業後、岡山県の4年制大学に進学。卒業後は、新規顧客の営業として神戸市のIT企業に就職するが、絵に描いたような劣悪な労働環境だった。
わずか1年で退職後は、上京し、アルバイトを掛け持ちしながら俳優業に励んでいた。3年が経つころには舞台の主演を務めるなどチャンスを得て、少しずつだが手応えを感じ始めていた。
しかし、まさにこれからというタイミングで、新型コロナウイルスの影響で芸能活動がほとんどできない状況へと陥ったのだ。そして芸能どころか、アルバイトのシフトも激減し、生活苦に直面することになる。
役者の夢は諦めないための選択肢はないのか――。そんな想いで、タクシー業界に足を踏み入れたという。
「新卒時代のブラック企業での営業経験があったので、たいていの理不尽には耐えられるんです(笑)。あれと比べたら、長時間の運転などもほとんど気になりません。あまり人付き合いは得意ではないんですが、エンタメに関わる20~30代の若手が多くいたので同僚と話もしやすく、仕事に慣れるのも早かった」
タクシー業界では一般的に体力がある若手ドライバーのほうが、売り上げが立ちやすい側面もある。町田さんも、緊急事態宣言中でも一乗務で平均5~6万円の売り上げを記録していた。補足だが、宣言中は3万円を切るドライバーも多くいた中、これは特筆すべき数字だ。その要因をたどると、他の人が目をつけないエリアを探るなど、経験の浅さを自分なりの営業方法でカバーした結果でもある。
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