韓国の女性たちが熱烈に支持した「主人公」の正体 社会現象となった「2016年のソニョン」

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家に帰ってからも、考えれば考えるほどチャンスに思えた。女性主義的な広告で勝負を打つチャンス! 当時のI化粧品の問題点は「存在感、個性の不在」だった。それを解決するために必要なのは、商品の機能を強調した商品単体の広告ではなく、明確な主張を示すブランド広告のような気がした。ブランドのコンセプトは「化学的な有害成分が一切入らない天然化粧品」。そこから抽出されたキーワードは「安全」だ。2016年の韓国女性の現実、女性社長の経歴などを材料に、思考の設計図を作り始めた。

2016年のソニョン

「見てて涙が出ました!」

数日がかりで作った広告素材をプレゼンする席で、パワーポイントの最後のページをめくり終わると、女性デザイナーがそう口にした。化粧品という商品の特性上、担当制作チームのリーダー、企画チームのリーダーのどちらも女性であり、チームメンバーも女性のほうが多かった。

「2000年から2016年。この国は、ソニョンが害されることのない国に、なりましたか?」

本当に伝えたいメッセージはそれだった。このコピーはなんの修正も入らずにコンペの出品案になり、I化粧品社長の拍手を受けてコンペに勝ち、やがて実際にCMになった。CMがテレビに流れるのを見て、再び熱いものがこみあげた。

なぜ2000年のソニョンが2016年に再びよみがえることになったのか? 『82年生まれ、キム・ジヨン』と同じくらい耳になじんだ「ソニョン」という名は、21世紀の始まりとともにソウルの主要な街に貼られていたポスターの主人公である。

「ソニョン、愛してる」はI化粧品の社長が女性コミュニティ開設当時に展開した屋外広告で、韓国最初のバイラルキャンペーンとされている。2016年の江南駅殺人事件以降、韓国でフェミニズムがリブートされたように、女性に新たなネット(世界)が開かれたことを宣言した「ソニョン、愛してる」をリブートすること。そして、女性であるという理由で生存を脅かされている2016年のソニョンの安全を問いかけること。それがスポンサーと消費者みんなの心を射貫くために私が選んだ矢じりであり、奇跡は叶った。とうとう頭の中に描いた設計図そのままの広告が世に出たのだから。

CMが流れると、女性コミュニティを中心に反響が広がった。「感動的」から「ソニョンは愛なんて必要としてない!」まで、リアクションもさまざまだった。「ソニョン、みんなを殺せ」というパロディコピーがトレンド入りしたかと思えば、韓国初の「フェムバタイジング(Femvertising=Feminism+Advertising)」と新聞に紹介もされた。広告が話題になるにつれ、販売数もうなぎ上りだという連絡が入った。女性を性的に対象化したり、コルセットをぎゅうぎゅう締めあげて刺激的な広告にしなくても成功できる事例ができた。これを見た別のスポンサーが女性主義的な広告素材を選ぶ可能性が高まったのだ。大韓民国広告大賞をもらったときより満足だったし感激した。

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