「家庭教師に月40万円」教育先進国の凄まじい現実 シンガポールの「普通の家庭」も巻き込まれる

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前々回、フランスの社会学者ピエール・ブルデューの「文化資本」の概念について家にある蔵書や触れる芸術などと説明したが、ブルデューがもう1つ打ち出した「社会関係資本」という概念がある。これは簡単に言ってしまえば人脈だ。

シンガポールにおいて、親戚や知人から評判のいい家庭教師を紹介してもらえることは非常に重要だ。結局のところ、経済資本、社会関係資本の有無によって家庭教師を雇えるかどうかが決まっていることが伺え、ここでも恵まれた人がより有利な競争環境を確保していくという格差の実態を見ることになる。

教育への懸念が女性に出産を断念させる

シンガポール人の親たちにとって、もう1つお金の懸念になるのが、海外大学への進学の可能性だ。

NUS(シンガポール国立大学)やNTU(南洋理工大学)は、世界大学ランキングによっては東大より評価が高いことも。学費は外国人の半額程度で済み、親元から通えれば生活費も追加でかからない。そのため、アメリカのアイビーリーグなどを目指す一部のエリートを除けば、シンガポール人の理想の進路は「国内大学」になる。

それが難しいとなったとき、ある程度経済的基盤がある親たちが考えるのがオーストラリアの大学だ。アメリカやヨーロッパより渡航費や学費が安いとされ、距離的にも近いためだ。とはいえ、海外大学に行くと出費は多くなる。その可能性に備えて、貯金をしておこうと考える——。

もちろんシンガポールは大学に行かない人たちにもきちんと道を用意している。お金が心配なら大学に行かなくてもいいではないかという議論もありうる。しかし、教育(学歴)によって処遇が大きく異なる社会で、よい教育を受けようとするためにお金がかかるという状況は、何をもたらすか。

それが、冒頭見た、少子化にほからなない。日本でも、子どもの教育達成を重視し、親の教育方針に左右されるという認識が強い女性ほど、子どもを持つことを躊躇する傾向が指摘されている(本田由紀2005「子どもというリスク」橘木俊詔編著『現代女性の労働・結婚・子育て』)。

シンガポールの場合、さらに「老親の面倒」を見ないといけないという経済的負担も加わることが多いのだが、未婚化、晩婚化、そして子育て世代の経済的不安は、日本とほぼ共通していると言えるだろう。

一方、家計を支える仕組みとしての子育て世代の就労の状況は日本とやや異なるかもしれない。シンガポールでは共働きを維持するためにメイドや外部資源を使うというのと、外部資源を使う費用を捻出するために共働きを維持せざるをえないというのが「鶏と卵状態」になっているようにも見える。

シンガポールに専業主婦はいないのだろうか?次回はシンガポールの女性の就労と教育の関係について論じていく。

 

2021年7月19日、シンガポールで、学校内で16歳の在校生が13歳の中学1年生を斧で襲い殺害する事件が起こりました。動機や背景はまだわからず、親たちには衝撃が広がっています。この記事はこの事件発生前に校了したものです。亡くなられた方のご冥福をお祈り申し上げますとともに、御遺族に対し、深く哀悼の意を表します。シンガポールのすべての親子たちの傷が癒され再び平穏が訪れることを心よりお祈り申し上げます(著者)

中野 円佳 東京大学男女共同参画室特任助教

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なかの まどか / Madoka Nakano

東京大学教育学部を卒業後、日本経済新聞社入社。企業財務・経営、厚生労働政策等を取材。立命館大学大学院先端総合学術研究科で修士号取得、2015年よりフリージャーナリスト、東京大学大学院教育学研究科博士課程(比較教育社会学)を経て、2022年より東京大学男女共同参画室特任研究員、2023年より特任助教。過去に厚生労働省「働き方の未来2035懇談会」、経済産業省「競争戦略としてのダイバーシティ経営の在り方に関する検討会」「雇用関係によらない働き方に関する研究会」委員を務めた。著書に『「育休世代」のジレンマ』『なぜ共働きも専業もしんどいのか』『教育大国シンガポール』等。

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