沈没船博士挑む400年前の船ハラハラの発掘調査 海底に眠る船体を研究する「水中考古学」の世界
私は周りを見渡した。「沈没船はどこだろう?」。
事前調査のときに博物館で集めた50年前の水中発掘調査時の水中写真には、厳密な撮影箇所はわからないものの、船体とみられる木材構造物がしっかり写っていた。それが現場に行ってみても、どこにもない。下部に広がるのは砂が堆積した海底のみだ。
それもそのはずである。前回の調査から50年の間に砂が堆積し、沈没船を完全に覆ってしまったのだ。そんな中、おもむろにカストロ教授が、ドレッジの吸い込み口を海底に近づけ、土砂を吸引し始めた。教授のように経験豊富な水中考古学者は海底の堆積物の様子などから、どこに人工物があるのか予想ができるのだ。
「ええっ、どうしてここだとわかるんだ!?」と戸惑いながら、私も教授の邪魔にならないようにドレッジで発掘を始める。
地味すぎる発掘のリアル
水中での発掘作業はかなり地味だ。
重要なものを吸い込むのを避けるため、ドレッジの吸い込み口は海底に直接当てない。右利きの私は左手でドレッジの吸引口を持ち、右手で暑い日に手をパタパタやるように海底の砂を巻き上げ、それをドレッジで少しずつ吸っていくのだ。
ヒゲを器用に使いながら海底の砂を巻き上げ微生物を食べる魚がいるが、水中考古学者の作業風景はそれに似ているかもしれない。
とにかく、何かが発掘されないか全力で集中しながら掘り進んでいく。慣れてくると陸上でスコップを使うよりも早いスピードで掘れるようになる。確かに地道な作業だけどプチプチをつぶすようにハマってしまう。単純な反復作業が好きな私にはうってつけの作業である。
思わず夢中になっていると、教授に肩をたたかれた。時間切れである。2人で海面へゆっくりと浮上した。潜る前にあれほどあった緊張感は消え、「早くまた潜って作業を行いたい!」という欲求にかられる。
しかし、身体への負担を減らすために、水中での作業の後は最低2時間、体内に過剰に溜まった窒素を放出するための時間を取らなければならない。水深27m地点で行われるグナリッチ沈没船の発掘プロジェクトでは1回の海底での作業時間は30分、1日でも作業できるのは、1人当たりトータルわずか1時間なのである。
潜水中に身体に溜まる窒素の量を考慮すると、これが1日に作業できる時間の限界なのだ。むろん27mよりも深い場所では作業時間はより短く、浅い場所ではより長くなる。
総じて水中考古学における作業時間は陸上の考古学よりもはるかに短い。これが、水中発掘調査が陸上の調査に比べ時間がかかる一番の理由だ。まさに時間との闘いなのである。
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