描ける?藝大「奇想天外な入試問題」に隠れた意図 藝大美術学部に個性豊かな人材が集まる理由

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第1次実技試験
(出題文)「三つの手」
素描では、絵画の基本的な表現力を判断する。対象物をよく観察し、固有の形態や質感、色彩を的確に描写したか、出題をどのように理解し、表現したかを問うた。
第2次実技試験
(出題文)「絵を描きなさい」
「絵を描きなさい」という出題、つまり何を描くか? は自由。おそらく沢山ある選択肢の中から自分で決めなければならない。それをどう描くか? どのように描くか? を問うものである。林檎を描け! と言ったって誰もが直ぐに林檎だと判る林檎を描く者などほとんど居ないではないか。それに誰もが判る「林檎の絵」とは何か?「私は林檎を描いた」と言うのは個人の自由だ。林檎をどう描いたか? もっと言えば「どう描こうとしているか?」を我々は見る。そこには君たちが世界をどう捉えているか?どう捉えようとしているか? どう考えているか? どう模索しているか? が現れるからだ。我々は未完成でも小さい発芽でも見落とさないようにしたいと思っている。君たちを試験する我々も試されているはずだ。絵を描くとは、絵を見るとは解釈する事だ。画家の解釈の仕方がさまざまな描き方を生みだしてきた。2020年「絵を描きなさい」という出題をどう考えどう解釈するか? 自分の頭で考える。追い詰められてしまった時こそ楽しく考えなければいけない。「自分の頭で考え描きたい絵を描いて入学する」でなければこの時代に生き残れるはずがない。これが出題意図である。

絵がうまいだけでは合格しない

抽象度の高さは、私たち大人でさえ容易に理解しがたいのではないでしょうか。特に令和2年度の2次試験「絵を描きなさい」の出題意図は、まるで禅問答のようです。

この入試課題の出題意図をまとめると、次のようになります。
①思考力・観察力・表現力を見る
②重要なのは「何を描くか?」ではなく「どう描くか?」
③物事に対する自分なりの価値観を持っているか?
④構想力と構成力を問う
⑤試験する側も試されている

『東京藝大美術学部 究極の思考』(書影をクリックすると、アマゾンのサイトへジャンプします)

これらのように、傾向がまったく見えない、変幻自在な問題が毎年出題されるからこそ、22・5%と非常に低い現役合格率も納得できるのではないでしょうか。

また、出題意図にも「試験する側も試されている」とスタンスが書かれているとおり、一定の評価基準に基づいて機械的に合否を判断するのではなく、その年ごとに流れる時代の空気を自分なりに捉え、それを絵画によって表現し、選考する側にも「問いを立たせられる」ような絵を描かなければ合格できないのだといえます。

これは、私が出会った多くの卒業生たちが口を揃えて、「(絵が)うまいだけでは合格しない」と話すことに通底している要素でもあります。つまり、傾向なき問題に加えて、審査する側を唸うならせないと――つまり、「ほかの絵も見たくなる」ように心を動かさないと、合格できないわけです。

増村 岳史 アート・アンド・ロジック社長

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ますむらたけし / Takeshi Masumura

学習院大学経済学部卒業後、株式会社リクルート入社。マーケティング・営業を経て映画・音楽の製作および出版事業を経験。リクルート退社後、音楽配信事業に携わったのち、テレビ局や出版社とのコンテンツ事業の共同開発に従事する。2015年、アートと人々との垣根を越えるべく誰もが驚異的に短期間で絵が描けるプログラムを開発、企業向けにアートやデザインを通して脳を活性化し、新たな知覚と気づきの扉を開くアート・アンド・ロジック株式会社を立ち上げ、現在に至る。代々のアート家系で、人間国宝・増村氏の血筋。著書に『ビジネスの限界はアートで超えろ!』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。

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