引越し46回!職も転々「江戸川乱歩」の意外な人生 ラーメン屋台を引きチャルメラを吹いたことも

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また、この守口の家は『屋根裏の散歩者』とも関わりが深い。この小説の屋根裏の描写は、実際にこの家の屋根裏をのぞき込んでその眺めを楽しんだ経験が生かされている。

それはちょうど朝の事で、屋根の上にはもう陽が照りつけていると見え、方々の隙間から沢山の細い光線が、まるで大小無数の探照燈を照してでもいる様に、屋根裏の空洞へさし込んでいて、そこは存外明るいのです。
先ず目につくのは、縦に、長々と横たえられた、太い、曲りくねった、大蛇の様な棟木です。明るいといっても屋根裏のことで、そう遠くまでは見通しが利かないのと、それに、細長い下宿屋の建物ですから、実際長い棟木でもあったのですが、それが向うの方は霞すんで見える程、遠く遠く連っている様に思われます。
そして、その棟木と直角に、これは大蛇の肋骨に当る沢山の梁が両側へ、屋根の傾斜に沿ってニョキニョキと突き出ています。それ丈けでも随分雄大な景色ですが、その上、天井を支える為に、梁から無数の細い棒が下っていて、それが、まるで鐘乳洞の内部を見る様な感じを起させます。「これは素敵だ」(『屋根裏の散歩者』)

屋根裏の情景は守口の家での経験に拠っているとしても、小説内の屋根裏が「細長い下宿屋の建物」に設定されていることも見逃せない。

大正中頃以降の東京に多く現れた単身者向けアパート型式の下宿館の部屋は、厳重な壁の仕切りと戸締りのための金具が取り付けられた出入口をもつ1人だけの空間である。

この本来他人の視線が存在しないはずの空間が成立したからこそ、屋根裏から覗き見るという行為が意味をもつのだ。乱歩の小説には、都市と住宅が変貌していく時代の様相が描かれているのである。

朝日新聞への連載終了後に下宿屋を買い取った

小酒井不木に認められたことで作家専業を決意してからは『心理試験』、『赤い部屋』、『人間椅子』、『鏡地獄』など、現在もよく知られる短編を次々と発表していった乱歩であったが、1926年12月、朝日新聞へ連載を開始した『一寸法師』に苦しんだ。自己嫌悪に陥った乱歩は、この連載を終えた後に一時休筆することを決意する。

しかし、若き日の放浪とは違い、妻子の生活は考えなければならない。乱歩は冷静に原稿料を計算した。『一寸法師』の原稿料は東京・大阪両朝日で1回30円、1カ月貯めれば約1000円、2カ月貯めれば約2000円である。同時期に連載していた『パノラマ島奇譚』の原稿料は1枚4円で1回の掲載分が40、50枚、1カ月200円近くにはなり、『一寸法師』の原稿料は貯蓄に回せた。

1927年2月に連載を終えると、計画どおり早稲田大学正門前の下宿屋「筑陽館」を権利金2200円で買い取り、そちらを隆に任せて放浪の旅に出た。信州、新潟、房総半島などを回り、関西で旧友井上勝喜と会い、名古屋の小酒井不木に誘われ耽奇社を結成して小説の合作を試みるなど、この旅で意欲を回復していった。

次ページ翌年には筑陽館を売却し、下宿を開業
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