高学歴でも「自己肯定できない人」に足りないもの 親が優秀であればあるほど苦悩する子どもたち

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また、たとえば親が一流の研究者で、子どもにも研究者として十分な素養がある場合も、親の真似をし過ぎるとうまくいかずに苦しむことが多いようです。さきほど、親からは遺伝子も受け継いでいると書きましたが、それでも親と子は別の人間で、得意なものにも関心のあるものにも違いがあります。

修行する時代も、社会から研究者として期待されるニーズも違うことでしょう。そうした違いを無視して親と同じになろうとしても、せいぜい親の劣化コピーにおわってしまうのが関の山です。親が一流で、その子どもが単なる劣化コピーになってしまったら、子どもの側は「自分は何者かになった」とは感じられないことでしょう。

親から子へさまざまなものが相続されるとしても、ことアイデンティティの相続はそれほど簡単ではなく、むしろ難しくなってしまうこともあるわけです。

親の「劣化コピー」で終わらないために

私が見聞きしている範囲では、優れた研究者やスポーツ選手の子どもが二代目として活躍する場合、親の劣化コピーは上手に避け、受け継ぐべきものを受け継ぎながら親とは違った活動をしているケースが多いように見受けられます。

たとえば、医学の世界で大学教授まで上り詰めた親の子どもが医療機器の開発で有名になるとか、伝統を蘇らせた和菓子メーカーが代替わりして革新路線に変わるといった具合です。ダウンタウンの浜田雅功さんと、その息子でミュージシャンのハマ・オカモトさんなども典型的ですね。

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このように、継承はしているけれども同じではない親子は珍しくありません。子の世代に路線がガラリと変わったものの、孫世代になってもう一度路線が変わり、結果として先祖回帰することもあります。なんにせよ、継承すべきものは継承しつつ、親とは違った何者かになりおおせるのが、恵まれた家庭の子どもの「何者かになりたい」の定番ではないでしょうか。

いまどきは親の側もそうしたことを察していて、親自身が子どもにあれこれ教えるのを避け、信頼できる第三者に教育や修行を委ねることも多いよう見受けられます。子どもを親と同じようにしようと思っても劣化コピーにおわってしまいやすく、かえって子どものアイデンティティの獲得・確立に差し障るかもしれないことを思えば、それは賢明な判断なのだと思います。

結局、子どもは親からアイデンティティを相続しきれず、親と自分の違いを反映した自分のアイデンティティを獲得していくほかないのですから。

熊代 亨 精神科医・ブロガー

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くましろ とおる / Toru Kumashiro

1975年生まれ。信州大学医学部卒業。精神科医。ブログ『シロクマの屑籠』にて現代人の社会適応やサブカルチャーについて発信し続けている。通称“シロクマ先生”。著書に『ロスジェネ心理学』、『融解するオタク・サブカル・ヤンキー』(ともに花伝社)、『「若作りうつ」社会』(講談社現代新書)、『認められたい』(ヴィレッジブックス)、『「若者」をやめて、「大人」を始める』『健康的で清潔で、道徳的な秩序ある社会の不自由さについて』『何者かになりたい』(イースト・プレス)がある。

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