スピルバーグが「反Netflix」をやめた納得理由 彼らは「保守的なスタジオ」よりも信頼できる

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映画を作る人たちが何より望むのは、自分が作りたい作品を作らせてもらうこと、そしてそれをできるだけ多くの人に見てもらうことだ。そのためにお金をたっぷり出してもらえるなら、さらに言うことはない。

スピルバーグのように世界で最も有名かつ成功している監督でも、かつて自分が作ったような映画を「今のスタジオシステムで作ることは難しい」と感じるようになっていたはず。世の中の流れに逆らわず、作り手としての自分が最も自由をもらえる形を考えた結果が、今回の契約だったのだと思われる。

配信作品の「意外なメリット」

さらに配信の場合、もうひとつメリットがある。興行成績が公開されないことだ。ヒットしたなら、興行成績はもちろん最高の宣伝になる。だが、オープニング週末の数字が思ったよりいかなかった場合、あるいは悲惨だった場合、何年もかけて作った映画は、たった3日で死んでしまう。見てもらえたら実は結構良い映画かもしれないのに「失敗作」の烙印を押されて終わるのだ。

配信公開の場合は、その心配がない。恥をかくことはないし、逆にとても多くのアクセスを得られた場合は、「我が社の歴史で最高に多くの人々に見てもらえました」などとリリースを出してくれることもする。

Netflixが配信したサンドラ・ブロック主演の『バード・ボックス』や、Amazonの『続・ボラット 栄光ナル国家だったカザフスタンのためのアメリカ貢ぎ物計画』がその例だ。

『続・ボラット』も、もともとはユニバーサルによって劇場公開されるはずだったが、コロナ禍の中でAmazonに買い取られている。彼らは主演、プロデューサー、脚本家のサシャ・バロン・コーエンが望んでいた大統領選挙前のタイミングで配信してくれた。

サシャ・バロン・コーエンが演じたボラット(写真:John Rogers/Getty)

配信開始前には、バーチャルダンスパーティーを行うなど、プロモーションもしっかりやった。その結果、今作は下品な要素も含むコメディーであるにもかかわらず、アカデミー賞にも脚色部門と助演女優部門で候補入りすることになったのである。

つまり、監督たちにとって自作が配信でリリースになると知ってがっかりしたのは、もう昔の話だということ。今ではむしろ、そっちでよかったと思うことも多い。スピルバーグという大物が仲間入りをした以上、その傾向はますます強まるに違いない。ハリウッドの変化には、今また大きな弾みがついたのだ。

猿渡 由紀 L.A.在住映画ジャーナリスト

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さるわたり ゆき / Yuki Saruwatari

神戸市出身。上智大学文学部新聞学科卒業。女性誌編集者(映画担当)を経て渡米。L.A.をベースに、ハリウッドスター、映画監督のインタビュー記事や、撮影現場リポート記事、ハリウッド事情のコラムを、『シュプール』『ハーパース バザー日本版』『バイラ』『週刊SPA!』『Movie ぴあ』『キネマ旬報』のほか、雑誌や新聞、Yahoo、ぴあ、シネマトゥデイなどのウェブサイトに寄稿。米女性映画批評家サークル(WFCC)会員。映画と同じくらい、ヨガと猫を愛する。

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