渋澤 でも、首が飛ぶから外資系は嫌だと思っていた中野さんは、社内ベンチャーの形で今のセゾン投信を立ち上げたわけでしょ。どうして、そんな思いきったことをやろうと思ったのですか。
親会社の社長に、社内ベンチャー設立を訴えた
中野 自分のやりたいことがあって、でも今の組織で実現するのは難しいというケースがあるじゃないですか。まさにそれです。だったら自分で立ち上げてしまおうと。
渋澤 誰かに相談したのですか。
中野 いや、もう独断専行で。自分はこういうことをやりたいんだ、まあ、つまりは本格的な長期投資の投資信託を運用する会社を立ち上げて、生活者の資産形成のお手伝いをしたいというようなことを手紙に書いて、親会社の社長秘書に頼んで、社長に渡してもらったんですよ。
渋澤 昔、お侍さんが殿に嘆願書を持っていくようなものですね。「無礼者!」と言われて首を刎ねられなくて良かった、良かった(笑)。でも、親会社の社長はどういう反応だったのですか。
中野 2、3日して、社長から直接電話が掛ってきましたよ。「中野君、これ面白いじゃないか。やろうよ!」って。
渋澤 カッコいい~。でも、社長も凄いね。だって、完全な中飛ばしでしょ。
中野 だから、その後で大変なことになったのですよ。保守的な組織でしたからね。でも、そうでもしないと、動かないじゃないですか。
藤野 ちなみに、それは何歳の頃ですか。
中野 30代でした。藤野さんはどうして転職を考えたのですか。
藤野 僕は野村投資顧問という、野村証券系列の運用会社にいたのですが、やはり親会社が証券スキャンダルにまみれたというのが大きかったですね。バブルが崩壊した直後に損失補てん問題が起こり、さらにそれから6年半も経っているのに、反社会勢力とのつながりがあった。この時点で嫌気が差したというのと、やはり世の中が大きく変わると思ったのですよ。
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