「親米」「反米」ではアメリカの現実が見えない理由 転換期にある「リベラル・デモクラシー」の帝国

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1990年代のアメリカは、湾岸戦争などの軍事政策を進めるだけでなく、経済理念や政治理念の輸出を推し進めた。それらに対して世界各地で反米感情が盛り上がり、極端なばあいにはテロという形をとるようになる。

WTCも、1993年2月26日、1回目のテロ攻撃を受けることになった。爆弾を積んだ車が地下で爆発させられたのである。もくろまれていたビルの倒壊は免れたものの、6人の死者と1000人以上の負傷者が出た。車に仕掛けられていた爆弾は600キロもあったが、製造にかかった費用は300ドルほどだったと言われる。

爆心地の真上には、犠牲者を悼む記念碑が建てられた。しかし、その記念碑も、10年もたたないうちに9・11テロによって破壊され、瓦礫に埋もれることになるのである。

アメリカ的な理念の失墜

WTCは、グローバル資本主義やネオリベラリズムが生み出した富と権力を象徴するものだったからこそ、9・11テロの標的となった、と言える。9・11テロは、西洋文明やグローバル資本主義の脆弱性を知らしめ、そこに消せない刻印を残したのである。

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ただ、9・11テロで暗示されていたのは、それだけではない。その刻印は、「現代文明」の転換を示してもいた。対テロ戦争では、相手も終わりも見えない戦いに嵌まり込んでいき、イラク戦争では、アメリカ中心の新秩序をうちたてるという目論見がもろくも崩れ去った。しかも、対テロ戦争の間隙をついて、中国やロシアが勢力を拡大してきた。

2016年のブレグジットやトランプ当選を経てからは、アメリカが推し進めてきたリベラル・デモクラシーの普遍化は影をひそめ、そうした理念そのものまでが色あせてきた。いまや、ある種の転換が起こりつつあり、新しい世紀に変わろうとしているのではないか。そう思われるのである。

本書は、そうしたことを考えるために、1世紀ほどさかのぼった第1次大戦あたりから説き起こし、パンデミックが起きた2020年までの「アメリカ」を論じる。リベラリズム、ネオリベラリズム、テロリズム、ポピュリズム、マルチカルチュラリズムといった社会思想を、とくにキリスト教文明という観点から論じ、そうすることで20世紀を主導してきた「アメリカニズム」の問題を浮き彫りにする。

藤本 龍児 帝京大学文学部社会学科准教授

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ふじもと りゅうじ / Ryuji Fujimoto

1976年山口県生まれ。早稲田大学社会科学部卒業。京都大学人間・環境学研究科博士課程修了。博士(人間・環境学)。社会哲学・宗教社会学を専攻。著書に、『アメリカの公共宗教――多元社会における精神性』(NTT出版)などがある。

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