「親米」「反米」ではアメリカの現実が見えない理由 転換期にある「リベラル・デモクラシー」の帝国

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たしかに、テロは現代文明の脆弱性をあらわにした。

しかし、9・11テロの刻印は、日常生活の安全神話が崩れた、ということだけを表しているのではない。そのことは、テロの標的がWTCであったということにも示されている。この同時多発テロにあっては、4機の旅客機がハイジャックされ、1機はホワイトハウスもしくは国会議事堂に、1機はペンタゴンすなわちアメリカ国防総省に、2機はWTCに向かった。テロの標的が、政治や軍事の中枢に向かうのは分かりやすい。

では、4機のうち半数の2機は、なぜWTCに向かったのか。

シンボルとしてのWTC

WTCは、アメリカがもつ世界的影響力の、ある象徴となっていた。

WTCは、ニューヨーク最大のオフィスビルであり、商業センターであった。およそ5万人が働き、観光客を含めて1日当たり数万人の人びとが訪れた。WTCとは、正確には7つのビルの総称である。日本では、とくにその中心にあったツインタワーをそう呼んだ。

WTCが象徴するものは、ツインタワーがそれぞれ「ネルソン」「デイヴィッド」と呼ばれていたことからもうかがい知れる。いずれも、石油王ジョン・ロックフェラーの孫にあたる兄弟の名前である。

兄のネルソンは、F・ルーズヴェルト政権をはじめ、歴代の政権に参加した政治家である。1959年からはニューヨーク知事を4期務め、最後にはフォード政権で副大統領となった。

弟のデイヴィッドは、チェース・マンハッタン銀行の社長・会長を歴任した銀行家であり、2017年に101歳で亡くなるまでロックフェラー家の第3代当主であった。第2次大戦前後からニューヨークを世界経済の中心とする構想を練り、1960年代には兄の協力を得てWTCの建設に着手する。1973年にはツインタワーが完成し、当時、世界一の高さを誇るビルとなった。その姿は、遠方から眺めてもマンハッタンの空にそびえ立ち、たちまちニューヨークのシンボルとなったのである。

そして1980年にレーガン政権が成立し、いわゆる「ネオリベラリズム」の経済政策が実施されるようになってからは新たなイメージが加わる。隣接するウォール街が世界金融の中心となったことで、モルガン・スタンレーやソロモン・ブラザーズなど、世界の名だたる企業や銀行、証券会社がオフィスをかまえるようになった。WTCは、グローバルな金融経済の中心となり、それを推進するネオリベラリズムの象徴にもなったのである。

さらに1990年代に入って冷戦が終わると、市場経済はグローバル化していく。そこで生じたのは、地球規模での豊かさの拡大というよりは、富の不均衡や格差の拡大であった。

また同時に、個人の自由や人権、民主主義といった西洋近代の理念が世界に輸出されていった。それら西洋近代の理念は、一般には世俗的ヒューマニズムに基づくものとされている。冷戦の終結を歓迎した人びとは、これを「グローバルな普遍的価値」と見たが、実際には世界各地で宗教的価値を掲げる人びととの摩擦を生じさせた。

ただし、それを単に「宗教的価値」と「世俗的価値」の対立と捉えることはできない。後で見るように、世俗的とされる西洋近代の理念も、実のところは宗教的な、すなわちキリスト教的な価値を背後にもっている。こうしたことは、イスラーム世界でそう感じる者が少なくなかったし、後で見るように西欧においても指摘されていた。

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