ガザ地区に潜む「猫の9つの命を持つ」謎の男とは イスラエル暗殺者リストの上位に載るムハンマド・ダイフとは

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第2次インティファーダ最中の2002年、カッサーム旅団の指導者サラーフ・シャハーダがイスラエルに殺害されると、すぐにダイフが後任になった。

カッサーム旅団の指導者になったダイフは、新たな戦略でイスラエルに挑んだ。

自爆特攻隊員ではない戦闘員の育成を始めた。ダイフは戦場をイスラエル国内に移したいと考えていた。戦闘員の移動や潜伏、物資輸送に使われる問題の地下トンネル網建設はダイフ案だったと言われている。こうしてダイフはイスラエル最重要指名手配犯リスト1位になり、2015年にはアメリカにもテロ指名手配された。

イスラエルは過去20年、絶えずダイフ殺害を試みてきた。中でもとても助かるとは思えない危険な状態から、7回も奇跡的に助かった襲撃が2001年、2002年、2003年、2006年、2014年にあった。2002年9月26日の乗っていた車をイスラエルに攻撃されたときは重症を負った。2014年、45人の犠牲者が出たロケット攻撃でもダイフは負傷したが致命傷ではなかった。この攻撃でダイフは妻と3歳の娘と、まだ赤ん坊だった息子ムハンマドを亡くしたが、ダイフは生き延びた。

この頃からダイフは欧米メディアでいろいろな言われ方をされるようになった。中でももっとも有名な呼び名が「猫の7つの命を持つ男」。最近それにさらに2つの命が加わったので、「猫の9つの命を持つ男」と呼ばれるようになった。

ガザ地区に住み、ガザ地区住民に人気広がる

2021年半ばの攻撃でイスラエルは2度ダイフ殺害を試みたのだが、2度とも失敗してしまう。その1つはダイフが「最終警告」と題した初の肉声声明を出したあとだった。「いつまでも傍観しない」「イスラエルと戦う体制は万全である」といった挑戦的な内容であったため、ダイフを殺し損ねたイスラエルの悔しさはひとしおだった。

ダイフ殺害はイスラエル政府と国民、両方の要求となって高まっているが、それに反比例するかのようにダイフ人気がパレスチナで高まっている。2021年初頭に行われた世論調査では、ダイフはガザでもっとも支持されている人物として名があがった。ハマス元党首ハーリド・マシャアルや現指導者イスマイル・ハニーヤといった人たちを上回るほどの人気だ。

内情を知れば不思議はない。そもそも通称名ムハンマド・ダイフのダイフというのはアラビア語で「客」という意味で、ムハンマド・アッダイフは「お客のムハンマド」という意味だ。ダイフはガザに暮らし、ガザ市民の家を「客」として転々としている。ガザ市民にとっては、ドーハの高級ホテルで暮らすハマスの指導者たちよりダイフに親しみを感じていて、たとえ命が危険にさらされることになろうとも、ためらわずにダイフを「客」として受け入れ、匿っているのだ。

「猫の9つの命を持つ」謎の男はこのようにしてガザ市民に愛され支持され、死と隣り合わせの日々を送りながらも生きながらえている。

アビール・アル・サマライ 「ハット研究所」所長

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イラク・バグダッド出身。バグダッドのテクノロジー大学コンピューターサイエンス学部卒業。湾岸戦争後の1991年末に来日。アラブ・イスラム言語文化専門シンクタンク「ハット研究所」所長。中東情勢や中東メディア報道研究、イスラム・中東問題の勉強会、ハラルやムスリム対応のビジネスコンサルティングなどを手掛ける。外務省研修所、慶應義塾大学、学習院大学非常勤講師。NHKアラビア語ラジオ講座出演。

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