人が見たものより「触った」ものを信頼する不思議 こころの起源が皮膚を世界にさらしたという事実

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人間は、眼で見たほうが正確な情報を獲得できるのにもかかわらず、触覚による情報のほうを信頼する、という興味深い研究結果が報告された(Fairhurst MT. et al. (2018) Sci Rep8:15604)。

カードの上に、プラスチックでTの字をさかさまにしたパターンが浮き出している。水平の部分の長さは3センチ。垂直方向の部分の長さがいろいろある。被検者は、これを指で触る。目で見る。そして水平の線より垂直の線が長いか短いか答えさせる。そして、それぞれの答えに自信があるかどうか、7段階の数字で答えさせる。1が自信なし。7が自信最高。

実験の結果、線の長さの正しさでは眼で見たほうが上だった。ところが被検者は触って判断した答えのほうに自信を持っていた。

触覚から逃れられない人間

人間は進化の過程で、視覚による情報感知能力の精度を上げてきた。しかし、情報の信頼性という点では触覚のほうを信頼しているのだ。目の前に何か、興味を惹くものがある。ふと、手を伸ばして触りたくなるという人間の習性は、いまだに人間が世界を知ろうとするとき、触覚に重きを置いている。触覚から逃れられないことを示している。人間のこころの起源が、全身の皮膚を世界にさらしたという事実であるということは、いまだにぼくたちの判断にまで影響を残しているのだ。

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このことは、体毛を無くした人類の祖先から、正確な情報を把握するために、まず触って確かめてきた名残だと思う。視聴覚による情報伝達、情報処理が劇的な進歩を遂げた現在でもなお、人間は、視たことよりも触ったことに確かさを感じるのだ。言い換えれば人間は、触覚を信頼しているのだ。

情報工学が発展し、特にこの四半世紀の間に現れたインターネットの技術は、驚くべき勢いで世界中に広がっている。日本でも、今やインターネットなしでは生活に不自由するぐらいになっている。現在のインターネットで伝えられるのは視聴覚情報だけだ。近代史の中で、言葉で語られる「意識」が重要視されてきた結果だろう。視聴覚情報が電気的なシグナルに変換しやすいのも、その理由の1つだ。

しかしながら、ぼくたちは、おそらく、体毛を失ってからの120万年の歴史のために、未だに触覚から逃れられないのだ。

傳田 光洋 皮膚科学研究者

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でんだ みつひろ / Mitsuhiro Denda

1960年生。京都大学工学博士。資生堂主幹研究員、JST CREST研究者、広島大学客員教授を経て、明治大学先端数理科学インスティテュート研究員。著書に『皮膚感覚と人間のこころ』『驚きの皮膚』など。表皮研究のパイオニアとして知られる。

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