このような効果がある腹臥位療法だが、問題もある。その1つは労力だ。
腹臥位療法の対象となるのは、人工呼吸器を付けている患者だ。カテーテルと呼ばれる細い管に複数つながれていて、さらに麻酔薬によって意識がない。そういう状態の患者の体位を変えるのは容易ではなく、藤野さんのところでも1人の患者につき、数人がかりで20分ほどかかるという。さらに患者は意識がないため痛みがあっても訴えることができない。床ずれなどを起こさないよう、定期的に体位を変えるなどのケアが必要になる。
何より、安全にうつ伏せにさせるには、技術と経験が必要だ。ICUやECMOがあるような大きな医療機関では以前から腹臥位療法を行っているため、技術もあり、経験も豊富だが、経験のない医療機関でこれを行うのは難しい。
「実際、イタリアの論文では不慣れな施設で行うと合併症が起こって改善効果が見られないとする報告もあります。適切に腹臥位療法を行うには標準化が必要で、そのためにはエビデンスを出さなければなりません」(藤野さん)
中等症の患者にも効果あり?
一方で、新たな可能性も出てきた。人工呼吸器を使わない中等症の患者にも効果があるようなのだ。昨年12月に行われた日本呼吸療法学会で中等症への腹臥位療法を報告したのは、がん・感染症センター都立駒込病院(東京都文京区)の看護師、大利英昭さんらだ。
重症ではなく、中等症の患者に最初に腹臥位療法を行ったのは、昨年4月のこと。夜勤の責任者としてナースステーションで待機していた大利さんは、コロナ病棟を見回っていた看護師から「80代の女性患者の酸素飽和度が90%になった」と報告を受けた。
状況から、「これ以上進行したらARDSを起こすかもしれない。いや、もしかしたらすでにARDSかもしれない」と考えた大利さんは、過去の経験から腹臥位療法を試すことにした。担当医の許可を得たうえで、女性に「うつ伏せになるとよくなる人もいる、やってみますか?」と聞くと、女性は「できるわよ」とベッドにうつ伏せになった。
「すると、みるみるうちに酸素飽和度が改善し、1~2分で98%になった。それを機に中等症の患者さんにも腹臥位療法が有効なのではないかと考え、検討を始めました」(大利さん)
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