総力戦できず楽観的な日本がコロナ大迷走の必然 船橋洋一×戸部良一「私たちは教訓を学んでない」

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船橋:「最悪のシナリオ」を想定して備えることをしない。その体質は受け継がれているということですか。

戸部:残念ながら、戦後の日本人も、現実に目を背けベストケースを想定する思考法と言いますか、楽観的な体質を受け継いでしまったのかもしれません。私はリーダーが最悪のケースばかりを考えることが良いとは思いません。それは、専門家に任せておけばいいのです。しかし、最良のケースは想定してもあまり意味がありません。

船橋:現実から目を背け、ベストケースを想定したがる軍部の体質は、日清、日露戦争のときからあるのか、第一次大戦のころからのものなのか、それとも、その後なのか。どこで、どういうふうに変容したのでしょうか。

戸部良一(とべ・りょういち)/防衛大学校名誉教授、国際日本文化研究センター名誉教授。1948年宮城県生まれ。京都大学法学部卒業、同大学院法学研究科博士課程単位取得退学。博士(法学)。防衛大学校教授、国際日本文化研究センター教授、帝京大学教授などを歴任。著書に『ピース・フィーラー』(論創社、吉田茂賞)、『自壊の病理』(日本経済新聞出版、アジア太平洋賞特別賞)などがある(撮影:尾形文繁)

戸部:日清日露戦争のころまでは、最悪のケースを想定していたと思います。例えば日清戦争の際には、朝鮮半島での決戦を想定していましたが、日本海軍が清国海軍に敗れ制海権を得られなかった場合、日本本土が攻撃される可能性についても考えていました。日露戦争の時も同じでした。万が一の場合は日本本土が戦場になる可能性を想定していました。

しかし、先にも申し上げましたが、日露戦争後、少なくとも海軍力では、日本と対抗できる強国は地理的に遠いアメリカ以外になくなったため、国土が攻撃されるという万が一のケースは考えなくていいということになってしまったのです。つまり、戦争は必ず外地で戦われるという話です。その思考は今も続いています。

有事と平時の切り替え

船橋:国防方針を立案しているのは平時ですよね。平時に有事の際の計画を立て備える、危機的状況に陥るときのことを本気で考えていなかった。そこに大きな問題があったということなのかもしれませんね。

ここでの教訓は、平時につねに有事のことを考え、最悪の状況も想定して備えておかなければならない。有事の際には、想定される事態を先回りするようなかたちで対応しなければならないということだったはずですが、そうすると私たちはいまなおその教訓を学んでいないということになりますね。

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