主にコスト面での理由から対米投資に消極的であったTSMCが、アメリカ政府の誘致に応えて、昨年5月にアメリカ・アリゾナ州での5ナノプロセス工場の建設計画を発表したことは、アメリカの政府と産業界がもつパワーの現れだ。
とはいえ中国が市場として、また生産拠点としてもつポテンシャルは、今後もTSMCにとって吸引力でありつづけるだろう。TSMCは2018年に南京に16ナノ工場(現在は12ナノも生産)を設立したが、足元の世界的な半導体不足を受けて、約30億米ドルを投じて28ナノラインの増設を計画している。
こうして見てくると、日本に活用可能なカードは、アメリカや中国に比べてはるかに限られている。半導体産業における日本の強みは、半導体の設備や素材といった領域にあり、これを材料のひとつとして、TSMCの研究開発拠点の誘致に成功したことは朗報である。
しかし、TSMCにとって日本市場は、売上高の5%(2019年)程度と重要性は高くない。フラグメンテーションが進む中で、日本の半導体メーカーの多くは漸進的なファブライト(製造の大部分を外部委託しながら、一部は自社製造する経営)化の道を歩み、TSMCのフル活用に舵を切ることはしなかった。また日本には、ファブレスとしてグローバルな成功をおさめ、TSMCの重要な顧客となったケースも見当たらない。TSMCの生産キャパシティをめぐる争奪戦が激しさを増す中、市場としての存在感の薄さは日本にとって不利な材料である。
日本の半導体産業の「弱点」が「強み」となるかも
あえていえば、ロジック半導体産業におけるフラグメンテーションの潮流に立ち遅れたという日本の半導体産業の「弱点」が、TSMC依存がもたらすサプライチェーン断絶のリスクが次第に顕在化する中で、日本の「強み」のひとつとなるのかもしれない。
TSMCにとって、生産拠点の台湾への一極集中が、効率性の源泉から潜在的なリスクへと転化しつつあるなか、日本企業がファブライト化という道を歩んできた結果、日本国内に半導体生産の基盤と人材が残っていることも、TSMCとの協業を深めていくうえでの有利な材料となる可能性がある。台湾の巨大ファウンドリへの一極集中と、米中ハイテク覇権対立の激化は、半導体産業における各国の強みと弱みのありようを再び反転させつつあるようだ。
(川上桃子/アジア経済研究所 地域研究センター長)
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