「ナショナリズムは危険だ」と誤解されがちな理由 帝国や無政府状態よりも優れている「国民国家」

著者フォロー
ブックマーク

記事をマイページに保存
できます。
無料会員登録はこちら
はこちら

印刷ページの表示はログインが必要です。

無料会員登録はこちら

はこちら

縮小

たとえば、現代では前者として、インド、イスラエル、日本、ノルウェー、韓国、スイス、イギリスなどが、後者の代表格としては欧州連合(EU)が挙げられる。アメリカは独立国民国家の理想とされてきたが、冷戦終結以降そのモデルから逸脱しつつある。政治秩序は独立したネイションを基盤とすべきだという考え方は、旧約聖書に見られるように、古代イスラエルの思想の重要な特徴だった。

だが、歴史を振り返れば、西洋世界はネイションの独立の理想よりも、後者の普遍帝国の野望が優勢だった時期が大半を占めている。

たとえば、キリスト教が国教化されたローマ帝国や、ローマ・カトリック教会と手を結んだ神聖ローマ帝国などだ。16世紀の宗教改革から17世紀のウェストファリア条約締結にかけて、西洋世界はプロテスタントの価値観により新たに構築され、主権国家間の国際政治体系であるウェストファリア体制が確立された。20世紀中頃まで、ネイションの独立と自決を支持することは、進歩的政治と寛大な精神を意味していたが、第2次世界大戦後、ナチスの蛮行をドイツ人のナショナリズムに帰する傾向が欧米に広まった。

しかし、ヒトラーはナショナリズムの提唱者ではなく、ナチス・ドイツはむしろ帝国主義国家であった。第2次世界大戦後、こうしてナショナリズムに背を向けた欧米知識人は、個人の自由を原則とするリベラリズムのパラダイムに取り込まれることになった。リベラルな構造を突き詰めるとある種の帝国主義に至ると、ハゾニーは考える。そのような主義の信奉者たちは、国境をなくして自分たちの掲げる普遍的ルールに従えば、平和と経済的繁栄をもたらせると考え、多数のネイションと協議するという難儀なプロセスを軽視し、自分たちのビジョンに反対する人に対して軽蔑や怒り、非難、攻撃を浴びせる。

国民国家が帝国や無政府状態よりも優れている点

第2部「国民国家とは何か」では、かなりの紙幅を割いて、国民国家の利点や成り立ちなどが論じられる。

人間は、自分自身を守るかのごとく、家族や自分にとって大切な人を守ろうとし、彼らの喜びや苦しみも、自分が経験したことのように感じる。それは自分の属する組織や集団に対しても同様だ。その根底にあるのは「相互の忠誠」という絆である。これは政治理論上無視できない。

なぜなら、多数の家族が集まり氏族を構成し、氏族が団結して部族となり、部族がまとまりネイションとなるからだ。このネイション内の氏族や部族の連合によって自由国家が成立するか、征服者に服従を強いられ専制国家ができる(実際にはこの混合型が多い)。ホッブズやロックは、国家を成立させる作用は各個人の同意であり、同意の動機は個人の生命と財産が守られるという目算だとするが、現実にはそのような主張は当てはまらないと、ハゾニーは指摘する。

さらに、忠誠の対象や構成員の結びつき、規模などから見た場合、政治体制の両極に「帝国」と「無政府状態」(政府や支配者が存在しない、家族や氏族、部族のゆるやかなヒエラルキー)があり、その中間に「国民国家」があるとする。ハゾニーの言う「国民国家」とは「いかなる他国の影響も受けない自律した単独の政府の下に、異質な部族が集まったネイション」のことだ。

次ページ国民国家がもたらす5つの優れた点
関連記事
トピックボードAD
ライフの人気記事