「ナショナリズムは危険だ」と誤解されがちな理由 帝国や無政府状態よりも優れている「国民国家」

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第2次世界大戦後、ナチズムはドイツ国民国家による悪行だとみなされ、自国の意志で武力行使できる国家のほうが、野蛮で堕落していると考えられるようになった。こうして生まれたリベラルによる反ナショナリズムは、欧米の政治家や知識人の間で広まり、新たなパラダイムを確立した。独立した国民国家を自由の基盤とみなさない若者も増えている。

ヨーロッパは、今やEUの支配に国家を委ねようとしている。EU政府当局が加盟国に対し権限をもち、加盟国の経済対策、雇用政策、通信、都市計画まで広範な分野に影響力を拡大し、加盟国はまるで帝国の一員の様相を呈している。

最後に、ナショナリズムが望ましいかという問題に対し、著者は次の2つの側面で答える。

第1に、最善の政治秩序は国民国家からなる秩序であることを再び主張し、ナショナリズムは政治秩序の1つの美徳とみなされるべきだとする。第2に、ナショナリズムは個人にとって美徳か悪徳かという個人レベルでは、「ナショナリストであることは美徳だと考える」。

それは、国民国家からなる秩序が最善であり、世界をその政治秩序に近づけようとする姿勢は賞賛に値するだけではなく、帝国という夢に執着するかぎり得られない、肯定的な特性を得られるからだという。

つまり、自らのネイションの伝統と忠誠心を自覚すると同時に、それに対する適度な懐疑心と、その他ネイションの優れた制度や慣習への理解や寛容の姿勢が得られるというのだ。真の道徳的成熟は、人であれネイションであれ、自立し、自己を守り、自己決定し、可能ならば他者に手を差し伸べ、他者に自らの主義や主張を強制しなくなったときに達成される。その達成を願うならば、「祖先から受け継いだネイションの自由と独立という重荷を背負い」、時が来たらそれを無傷で子どもたちに引き継げるように全力を尽くすべきだとして、本書は締めくくられる。

人は、家族や大切な人の喜びや苦しみを我がことのように感じ、自国のアスリートの世界的活躍を応援し、誇らしく思うものだ。したがって、本書の「家族や氏族、部族、ネイションは“拡張された”自己」という主張は、肌感覚として理解しやすいのではないだろうか。

とはいえ、本書は一方的に読者の感情に訴える類の著作ではない。古代から現代までの政治哲学や歴史、聖書、地政学を用いて、ナショナリズムについて非常に理路整然と論じた、アカデミックな著作である。

日本との意識と状況の相違

イスラエル出身で聖書研究家の著者は、ときに古代イスラエルのモーセの時代までさかのぼり、旧約聖書を規範とする。

第3部22章の「アウシュヴィッツの2つの教訓」では、祖国を失い長きにわたり辛酸をなめてきたユダヤ人と、島国で生活してきた日本人では、根底に流れる意識も、置かれた状況もかなり違うことを痛感させられる。

ナショナリズムの本質を解き明かし、ナショナリズムのみならず現代のグローバリズム、リベラリズムについて再考を促す本書から得られる知見は、日本の読者に大きな刺激を与えてくれるはずだ。

庭田 よう子 翻訳家

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にわた ようこ / Yoko Niwata

慶應義塾大学文学部卒業。主な訳書に、ファン・デル・クナープ編『映画『夜と霧』とホロコースト』(みすず書房)、ゲーノ『避けられたかもしれない戦争』(東洋経済新報社)、ストームほか『イスラム過激派二重スパイ』(亜紀書房)などがある。

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