開始5年もいまだ課題「マイナンバー」迷走の真因 新型コロナの給付金申請でトラブルが続出

拡大
縮小

このデータマッチングの拡大こそが、従来の紙作業ではわからなかった個人像を浮かび上がらせることになります。そして当初の税と社会保障の公平公正な負担という利用目的を超えた個人情報の利用が可能となってしまいます。

例えば、納税情報と預金情報の2つが結びつくだけで、その差額からその人の年間の消費額がわかってきます。個人情報を見るだけで、その人が節約家なのか浪費家なのか個人像を浮かび上がらせることができます。

「些細な」データの組み合わせが、自分という存在を国家の分析と評価の対象とさせてしまうリスクはすでに喚起したとおりですが、これはマイナンバー制度にも伴うリスクであることを忘れてはなりません。

第2に、マイナンバー制度の運用の条件として、個人情報保護の監視役としての第三者機関である個人情報保護委員会が設置されました。この設置の背景には、住基ネットをめぐる一連の裁判所の判決があります。

最高裁判所は、住基ネットにシステム技術上または法制度上の不備がないことを判断の一基準として、憲法第13条に違反しないとしました。そのため、「システム技術上または法制度上の不備」がないかをチェックする機関として個人情報保護委員会の役割が重要となります。

実際、個人情報保護委員会は立入検査権限のほか、指導、勧告および命令等の権限を有しており、個人番号の漏洩等の事案について行政機関や自治体にも立入検査を実施してきました。マイナンバー制度の運用には、個人情報保護委員会が十分に機能することが重要です。

不正利用の被害が生じた場合の救済措置や補償がない

第3に、番号法では不正利用などの罰則のみが規定されており、漏洩や不正利用の被害が生じた場合の国民に対しての救済措置や補償について手当てされていません。

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実際、2015年6月には、日本年金機構から約125万件の基礎年金番号等の個人情報が不正アクセスにより漏洩したことが公表されました。しかし、この漏洩の被害にあった国民に対しても補償は行われませんでした。個人の権利利益の保護の観点から、漏洩や不正利用に対する救済措置を整備することは必須であり、今後のマイナンバー制度の課題といえるでしょう。

このほかにも、個人情報の漏洩や不正利用のリスクがないわけではありません。幸いマイナンバー制度については、大きな漏洩事故が報告されていませんが、国民の個人情報についてそれを利用する機関において、厳格な安全管理措置が求められることは言うまでもありません。

マイナンバー制度は、今後の日本のデジタル化を推進するうえで、プライバシーに対する漠然とした不安感を払拭できるかどうかが、1つの試金石となると考えられます。

宮下 紘 中央大学総合政策学部教授

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みやした ひろし / Hiroshi Miyashita

2007年、一橋大学大学院法学研究科博士課程修了。内閣府国民生活局個人情報保護推進室政策企画専門職、駿河台大学法学部専任講師等を経て現職。専攻は憲法、情報法。

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