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宇宙一壊れた「マセラティ」にエールを送る理由 ビトゥルボ生誕40周年、危機を救った立役者

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  • 越湖 信一 PRコンサルタント、EKKO PROJECT代表
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そして、このまったく新しいセグメントのモデルは、製造工程の合理化にも知恵が絞られた。ボディ製造をデ・トマソが傘下に収めた、ミラノのイノチェンティ社の工場を活用してすべて内製化したのだ。

日本製の小型ターボを2基備え付け、「市販車世界初のツインターボ搭載」とわかりやすいセールスポイントを用意することも忘れなかった。

ちなみに“ビトゥルボ”とは、イタリア語でツインターボを意味する。そして、それまで年間数百台だったマセラティの生産規模を一気に5000台レベルまで引き上げるという、とんでもなく野心的なプランであった。

長く続かなかったビトゥルボの栄華

それまでのマセラティとはかけ離れたスペックのビトゥルボが突然登場したのだから、そのインパクトは強烈であった。何より、そのクリーンなスタイリングは“富裕層誘拐防止用”カムフラージュに最適であったし、対照的にインテリアはエレガントで豪華な雰囲気を醸し出していた。

クリーンで美しいスタイリング=フツウのクルマ過ぎたところが悲劇を生むことに……(写真:MASERATI S.p.A.)

マセラティという名門ブランドの最新モデルが、それまでのモデルの半額以下で手に入るというニュースが流れると、マセラティにはすぐさま予約金を手にした顧客が殺到したという。

ビトゥルボの登場で、運転資金不足に悩まされていたマセラティは、一息つくことができた。アメリカ市場への導入も成功。あっという間に年間5000台どころか6000台を売るモデナ地区最大の自動車メーカーとなった。

そして「4ドアサルーン」「スパイダーザガート」といった派生モデルの追加。「222」「430」「カリフ」「シャマル」「ギブリⅡ」といった新世代シリーズの導入など、ラインナップを広げていく。

※ビトゥルボのプラットフォームと自社製ツインターボエンジンを共用するという観点で、続く「クアトロポルテⅣ」「3200GT」までを“ビトゥルボ系”と筆者はみなしている。

本国仕様2.8リッター、本国仕様2.0リッターとして1997年まで生産された「ギブリⅡ」(写真:MASERATI S.p.A.)

しかし、残念ながらその栄華は長くなかった。品質問題や度重なるリコール、そして安全基準の強化などから余儀なくされたアメリカ市場からの撤退により、販売台数は激減してしまったのだ。

そして、1993年にマセラティのすべてをコントロールしていたアレッサンドロ・デ・トマソが病魔におかされたことで、マセラティは彼の手を離れ、フィアット傘下のメーカーとなってしまった。

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【「暗黒の時代」として葬られながらも】

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