日本の「国産ワクチン事業」があまりに遅い真因 「過保護なワクチン政策」では国民は守れない

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要は、供給が遅れているのではなく、実際の遅延要因は薬事承認ではないのだろうか。アストラセネカのトップが、「(薬事)承認をいただいたら迅速に必要な量を供給する」、供給遅延への「ペナルティーはない」と強気な発言をしていたのも、すでにワクチンの準備があるためにも見えてくる。

感染症の世界的パンデミックは、必ず発生し続ける。海外ワクチンを迅速に確保し、接種を実施できる体制を整えておくことが、国民の命を守る現実的な手段だろう。まずは、国内の無意味な障壁を取り除くべきだ。

行き詰まるワクチン事業、突破口は?

2つ目の課題は、「なぜ日本では海外のような創薬ベンチャーが育たないのか?」だ。

新型コロナワクチンでは、ファイザーがmRNAの生産能力を高く評価して共同開発パートナーに選んだビオンテックも、GSKが多価ワクチンの共同開発を決めたキュアバックも、いずれもドイツのバイオベンチャーだ。

もちろん新型コロナほどの規模の感染症では、バイオベンチャー単独でワクチン実現にこぎつけるのは難しい。だが、大手メーカーも単独では、これだけ短期間でのワクチン開発はかなわなかった。

日本でバイオ・創薬ベンチャーがなかなか成功しない大きな原因の1つが、資金調達だろう。

海外では新型コロナを機に、バイオテクノロジーや製薬企業へのベンチャーキャピタル(VC)による投資が加速したという。例えばアメリカでは、バイオ医薬の製造工程の革新に取り組むナショナルレジリエンスが、アメリカのグーグル系のVCなどから7億2500万ドルを調達した。創薬のサナ・バイオテクノロジーも、4億3500万ドルを集めたという(日経新聞)。

日本国内のVCでは、この規模の投資はまず考えられない。

ワクチン開発は数百億円規模の事業である。国からの“過保護”な交付金に頼らずにワクチン開発を行うなら、民間から調達しなければならない。海外ではVCがそこを担っているのである。

だが、日本の創薬ベンチャーは海外の機関投資家からも相手にされていないという。上場しても、すぐに売り抜けたり株価下落することも多いためと見られる。ワクチン開発には通常数年を要し、その間は赤字続きとなるめ公募増資も困難だ。

ビジネス的には、国内ではワクチン事業そのものをすっぱり諦めるのが正解なのかもしれない。ただ、新規感染症に対するワクチンの研究は国防上の要請、という側面もある。

だったら、海外向けワクチンやその技術開発を志向するしかない。予防や治療方法が未確立の感染症のワクチンを開発する、もしくは、アジュバントやmRNAなど、これからのワクチンに必要な技術において強みを確立する。そこに海外からの投資を得て、交付金ビジネスからの脱却を目指すべきだ。

幕末だったら、「尊王攘夷だー」と叫べばなんとなく正当化されたが、ビジネスはそうはいかない。完全にグローバル化したワクチンビジネスの中で取り残され、自立もできない国内メーカーと、その現状をもたらした政策を、今度こそ大転換させるしかない。

そこにメスを入れない限り、日本国民は感染症パンデミックのたびに肝を冷やし、いつまでも安心できないだろう。

久住 英二 内科医・血液専門医

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くすみ えいじ / Eiji Kusumi

1999年新潟大学医学部卒業。内科医、とくに血液内科と旅行医学が専門。虎の門病院で初期研修ののち、白血病など血液のがんを治療する専門医を取得。血液の病気をはじめ、感染症やワクチン、海外での病気にも詳しい。

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