「コロナ感染でクビ」30歳男性が怯える理由 養護施設出身者に対するアフターケアは必須だ

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具体的な支援としては、進学や就職、部屋を借りる際に不利にならない制度づくりは必須。そして何よりも「なんでも相談できるところが必要です」とヒカルさんは訴える。

「専門的な知識や資格を持った人をそろえただけではダメです。施設で育った人たちは施設のことを話したがりません。いい思い出がないですから。だからまずは何時間でも、何日でも、ただ話し相手になる、ただ一緒にご飯を食べる、そんなふうに向き合ってくれる人が必要です」。そうした相談体制の実現が可能かどうかは別にして、施設出身者ならではの切実でリアルな指摘である。

生活保護の利用を知られたくない

週末の東京・池袋。ヒカルさんへの取材を終え、2人で駅に向かう交差点を渡っていたときのことだ。

4月に入り、ヒカルさんはある市民団体に支援を求め、前日に生活保護の申請を終えたばかりだと聞いていた。だから私は何気なく申請は滞りなく終わったのかと質問した。すると、ヒカルさんが私への返答そっちのけで、行きかう人々の視線におびえるようにして身をすくめた。

もしかして――、と私が声を潜めて尋ねる。「生活保護を利用していることを周りに知られたくないのですか?」。ヒカルさんが答える声はさらに小さかった。「そりゃあそうですよ。今だって本当は(生活保護を)受けようかどうしようか、まだ迷っているんですから」。

私は、生活保護の利用は憲法で認められた権利なのだから、後ろめたいことでも、恥ずかしいことでもないと伝えた。ましてやヒカルさんは児童養護施設退所後、独りで生き抜き、悪質なコロナ解雇に遭ったのだ。自己責任うんぬんという話をするなら、ヒカルさんに責任は1ミリもない。

しかし、ヒカルさんは頼むからこんな路上で生活保護の話題なんかを持ち出さないでほしいと、視線で訴えてくる。そして再びつぶやいた。「周りに迷惑をかけたくないんです」。私は「生活保護を利用することは迷惑ではない」という言葉を飲み込んだ。 

「助けてほしい」と言えない若者が増えたといわれて久しい。自己責任論の内面化はいったいいつまで続くのか。

生活保護という言葉に立ちすくむヒカルさん。「自分より下の世代に自分と同じ思いはさせたくない」。そう言って、児童養護施設退所後の支援の必要性について堂々と主張していた姿は、そこにはなかった。

本連載「ボクらは『貧困強制社会』を生きている」では生活苦でお悩みの男性の方からの情報・相談をお待ちしております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームにご記入ください。
藤田 和恵 ジャーナリスト

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ふじた かずえ / Kazue Fujita

1970年、東京生まれ。北海道新聞社会部記者を経て2006年よりフリーに。事件、労働、福祉問題を中心に取材活動を行う。著書に『民営化という名の労働破壊』(大月書店)、『ルポ 労働格差とポピュリズム 大阪で起きていること』(岩波ブックレット)ほか。

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