このため、中には施設退所後すぐに生活保護を利用する人もいる。また特に女性の場合、住み込みの風俗店で働き始めるケースも珍しくない。いずれにしても、児童養護施設の出身者たちは社会人生活スタートの時点から、一般的な家庭で育った人たちとは比べ物にならない苛烈なサバイバルを強いられるのだ。
ヒカルさんの場合はどうだったのだろうか。ヒカルさんは高校時代からコンビニなどでアルバイトをして100万円ほど貯金をためた。しかし、賃貸アパートを借りるにあって、やはり壁にぶつかった。「携帯を2台用意しました」。元からささやくような話し方だったヒカルさんがさらに声を潜めて教えてくれた。
要は、緊急連絡先に架空の名前と連絡先を記載し、自分がその人物になりすましたのだという。違法行為である。しかし、そうでもしないとアパートを借りられないのだ。私は、児童養護施設出身者へのアフターケアの絶望的なまでの乏しさについて考えさせられた。
正社員として採用されたが…
ヒカルさんは施設退所後に就職活動をしたが、当時は折あしくリーマンショックの直後。なんとかインターネット関連の会社に正社員として採用されたものの、週の半分は会社に泊まり込まなければノルマを果たせない長時間労働を強いられた。やむなく数年で退職。その後は京都や熱海などの観光地にあるホテルで派遣労働者として働き始めた。住まいは派遣会社が用意した寮。いわゆるリゾート派遣である。
まじめな働きぶりが評価され、たびたび「正社員にならないか」と声をかけられたという。しかし、ヒカルさんはいずれも断った。理由は「正社員になると責任が生じるから」。私に言わせれば、非正規労働者にも責任はあるし、昨今では非正規労働者が責任あるポストを担わされたり、過重労働を強いられたりすることも珍しくない。ただ雇用の現場を取材していると、「責任が生じるから正社員にはならない」と話す20代、30代の若者が少なくないのは事実である。
いわゆる“名ばかり正社員”など、正社員のメリットがなくなりつつあることが原因のひとつではあるのだろうが、私には「正社員=責任」というロジックがいまひとつ謎だ。いずれにしてもその後引き抜かれる形で、契約社員として転職したのが、コロナ解雇に遭った大手チェーン系列のホテルだった。
取材中、一貫して口が重く、表情も乏しかったヒカルさんが唯一生き生きとした姿を見せた瞬間がある。それは、児童養護施設出身者に対するアフターケアの必要性について語ったときだ。すでに施設出身者らでつくるグループLINEを立ち上げたり、自治体議員と連絡をとったりして、社会に向けて何かしらの発信をするための準備を進めているという。
無料会員登録はこちら
ログインはこちら