「矛盾だらけ」の頭の固い人を変える交渉テク 力ずくで押してもかえってガードが固まるだけ

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しかしタイではまったく逆のことが起きた。街中で喫煙者にこのセリフを言うと、意外な答えが返ってくるのだ。「絶対に貸さないよ」と言う人もいれば、「たばこは毒だよ」と言う人もいる。「たばこを吸うと、のどに穴が空いてがんになるよ。手術が怖くないのか?」と言われることもある。ほかにも、たばこを吸うと早死にする、肺がんになる、そのほかあらゆる病気になると警告されるのだ。

彼らは医療関係者でも何でもない。街中で出会った喫煙者であり、そう言っている最中もたばこを吸っている。それでも他人がたばこを吸おうとすると、たばこの害を熱心に説教してくる。

なぜなら、相手が子どもだったからだ。彼らに「火を貸して」と言ったのは、サルのイラストが描かれたTシャツを着た男の子や、髪を2つに縛った女の子だった。みな身長は120センチほどで、10歳にもなっていない。子どもたちは自分のポケットからたばこを1本取り出すと、近くの喫煙者に「火を貸してください」と丁寧にお願いする。

そして大人に断られると、子どもたちは回れ右してその場を離れる。しかしその前に、喫煙者に1枚の紙をわたす。4つに折った小さな紙だ。子どもたちが授業中にこっそり回す秘密のメモに似ている。紙を開くと、こんなメッセージが現れる。

「あなたは子どもの心配はしてくれるけれど、自分の心配はしないのですか?」

その言葉の下には、禁煙の相談ができる無料通話の電話番号が書かれている。

本気で「やめたい」と思わせる

タイ健康促進財団は、25年以上前からこの禁煙ホットラインの活動をしていた。しかし、数百万ドルを投資して熱心にキャンペーンを行っても、電話はほとんどかかってこない。何を言っても喫煙者の心には響かなかった。彼らも喫煙が健康に悪いことは知っていたが、とくに行動を起こそうとはしていなかった。

そこで2012年、財団は「障害を取り除く」ことにした。喫煙者がもっとも耳を傾けるのは、財団やセレブの言葉ではない。喫煙者自身が本気で「やめたい」と思うことが重要だ。そこで財団は、「スモーキング・キッド・キャンペーン」を立ち上げた。

子どもから紙を受け取った喫煙者は、ほぼ全員がその場で手に持っているたばこを捨てた。紙のほうを捨てる人はまったくいなかった。

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