原発処理水放出、反故にされた「漁師との約束」 「本格操業再開」移行前の方針決定に強まる反発

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相馬原釜魚市場買受人協同組合の佐藤喜成組合長は「あまりにも一方的な決め方で納得できない」と話す。そのうえで「仲買人の多くは事業を継続できなくなるのではないか」と危惧する。

漁師と仲買人、水産加工業者はクルマの両輪だ。しかし、東電は2015年に原発事故と相当因果関係がある損害を被った商工業者を対象に、年間の逸失利益の2倍相当額を一括で支払った後、事実上の損害賠償をほとんど行わなくなっている。その中には仲買人や水産加工会社も含まれる。

つまり、仲買人や水産加工業者のほとんどは事実上、東電の賠償を打ち切られているとみられる。

打ち切られた東電の賠償

東電によると、商工業者による「一括賠償後の追加賠償の受付件数」が2021年2月末で約1020件に達しているのに対して、賠償で合意した件数はわずか29件にとどまる。これは、賠償の請求をしてもほとんどの場合、東電が事故との相当因果関係が確認できないとして、賠償の支払いを拒否していることを意味している。実際、この1年間賠償はほとんど進んでいない。

佐藤組合長が経営する水産会社も売り上げが大きく落ち込んでいるのに、すでに賠償を打ち切られているという。

今回の処理水放出方針の決定を受けて、国は販売促進などの風評被害対策をしっかり実施したうえで、それでも発生した被害について、「被害の実態に見合った必要十分な賠償を迅速かつ適切に実施すること」を基本方針に掲げている。

しかし、今までの東電の対応が急に改まる保証はなく、多くの関係者が泣き寝入りを強いられる可能性が高い。佐藤組合長も「国や東電への不信感は強い」と指摘する。

「ALPS処理水の海洋放出は漁業復興の足かせになる。海洋放出ではない、ほかの選択肢も真剣に検討してほしい」。福島県いわき市にある小名浜機船底曳網漁業協同組合の柳内孝之理事の訴えも切実だ。

最も困難に直面している人々の声に耳を傾けずして、国や東電がいう廃炉や福島の復興など実現できるはずがない。

岡田 広行 東洋経済 解説部コラムニスト

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おかだ ひろゆき / Hiroyuki Okada

1966年10月生まれ。早稲田大学政治経済学部政治学科卒。1990年、東洋経済新報社入社。産業部、『会社四季報』編集部、『週刊東洋経済』編集部、企業情報部などを経て、現在、解説部コラムニスト。電力・ガス業界を担当し、エネルギー・環境問題について執筆するほか、2011年3月の東日本大震災発生以来、被災地の取材も続けている。著書に『被災弱者』(岩波新書)

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