民主党政権の「3.11」対応に見る日本の現在地

脱原発に向け試行錯誤の中、抗議運動も広がる

震災直後の福島・Jヴィレッジを視察する菅元首相(写真:ロイター/アフロ)
今から10年前。東日本大震災当時、政権を握っていたのは民主党でした。神戸市外国語大学総合文化コース准教授の山本昭宏氏が上梓した『原子力の精神史――〈核〉と日本の現在地』を一部抜粋、再構成し、民主党政権と、原発事故との闘いを改めて振り返ります。

2011年3月11日14時46分ごろ、三陸沖を震源とするマグニチュード9.0の巨大地震が発生した。15時35分には約13メートルの津波が東北の太平洋側の海岸を襲い、福島第一原発の1・2・3号機の電源が喪失した。

翌12日の午後には、1号機の原子炉建屋で水素爆発が起こり、3号機と4号機の建屋も相次いで爆発した。これにより、大量の放射線と放射性物質が飛散した。また、原子炉に冷却水を送るポンプが動かず、1・2・3号機で核燃料が溶けて圧力容器の底に落下(メルトダウン)した。

一部の核燃料は圧力容器を突き抜けた(メルトスルー)とされる。東北地方太平洋沖地震とそれによる津波が引き起こした福島の原発災害は、日本の原子力政策を大きく変えることとなった。

自民党政権下の政策を踏襲

そもそも、2009年に誕生した民主党政権は、原子力の推進と規制の分離を掲げてはいたものの、原発増設や核燃料サイクルの堅持など自民党の下で固められた原子力政策を基本的に踏襲していた。

たとえば、2010年6月には、菅直人政権が新たなエネルギー基本計画を閣議決定したが、そこでは2030年までに少なくとも14基以上の原発の新増設を進めるという計画が書き込まれていた。

また原発輸出についても、官民一体となって進めるとされた。しかし、原発事故を受けて、民主党政権は脱原発へと舵を切る。

震災直後の4月に、海に流れ出る高濃度汚染水を食い止めて保管する場所を確保するため、比較的低濃度の汚染水を海へ放出して批判されるなど、民主党政権ははやくも原発事故対応の困難さに直面していた。

そんななか、菅首相は2011年5月6日に浜岡原発の運転停止を要請、さらに5月10日にエネルギー基本計画の見直しを発表した。加えて、7月7日には再稼働を目指す経済産業省の動きを牽制するかのように、すべての原発は再稼働前にストレス・テストが必要だとの方針を打ち出した。

ストレス・テストとは、原発の安全性評価を指し、過酷な状況下でも原発が安全かをチェックする作業である。

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