カズオ・イシグロ語る「感情優先社会」の危うさ 事実より「何を感じるか」が大事だとどうなるか

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イギリスを含めたヨーロッパ諸国、あるいはアメリカに住んでいる人の中には、今回のパンデミックだけでなく、ポピュリズムの急速な台頭などに対して、ここ5年間ほど現実を避けて生きている感覚を持っている人は大勢いると思います。起きていることをどう捉えるべきなのか、これはどういう意味なのか、という話は小説家やジャーナリストともしてきました。

ブレグジットにしても、トランプ主義の台頭にしても、中には半分ジョークを交えながら、「この世には本当にバカがいるもんだ」と怒る人もいます。しかし、私たちはその先にあるものを考えないといけません。そこで起こっている重要なことに気がつかないといけないのです。

俗に言うリベラルアーツ系、あるいはインテリ系の人々は、実はとても狭い世界の中で暮らしています。東京からパリ、ロサンゼルスなどを飛び回ってあたかも国際的に暮らしていると思いがちですが、実はどこへ行っても自分と似たような人たちとしか会っていないのです。

私は最近妻とよく、地域を超える「横の旅行」ではなく、同じ通りに住んでいる人がどういう人かをもっと深く知る「縦の旅行」が私たちには必要なのではないか、と話しています。自分の近くに住んでいる人でさえ、私とはまったく違う世界に住んでいることがあり、そういう人たちのことこそ知るべきなのです。

メディアは真実を伝えることを怠っている

――確かに先の大統領選やブレグジットなどを見ていると、私たちは「自分と違う世界に住む人」「自分と考えが違う人」を理解して対話することを諦め、放棄しているように思えます。こういう時代における小説、あるいは小説家の役割をどう考えますか。

私たちの役割は重要になっていると思います。ニュースメディアもそうです。メディアが二極化し、真実を伝えることを怠っている今、私たちの役割は非常に重要になっています。

ニュースや情報をある媒体を通じて届ける、というビジネスモデルは古いものとなりつつあります。例えば出版は私が本を書いたら、早川書房がそれを出版するというビジネスですが、一方で人々の関心や目を引きつけてクリックにつなげるという新しいビジネスが生まれており、この分野は私たちのコントロールが及ばないものです。こうした分野は時に正確な情報やニュースを伝えるということと相反します。

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