カズオ・イシグロ語る「感情優先社会」の危うさ

事実より「何を感じるか」が大事だとどうなるか

ここ数年に起こったことに対して、私たちがやってきたことがどの程度影響を与えたのだろうと考えることがあります。人々が「なぜ芸術が必要なのか」と問うのに対して、私たちはハードな情報のやり取りだけでなく、感情を込めたコミュニケーションや気持ちを伝え合うことが重要で、そのために小説や映画、音楽を作っている、と言ってきました。

しかし、感情やフィーリングのみ重視され、先の大統領選のように「選挙が盗まれた」と感じたから暴動を起こしてもいい、という発想が出てきてしまうと、私たちのような仕事をしている人たちが状況を悪化させてしまっているのか、と考えることもあります。私自身これに対する答えはありますが、それは私たちの分野で仕事をしている人それぞれがチャレンジとして考えるべきでしょう。

「自分とは違う世界がある」という認識が必要

――世界ではさまざまな事柄について二極化が進んでいますが、感情的にシャットダウンした「反対側の人」とそれでも対話するすべはあるのでしょうか。

非常に難しいと思います。例えるなら、アイルランドにおけるプロテスタントとカトリック、イスラエルにおけるアラブ人とユダヤ人のように、2国間の戦争や国内における民族、宗教間の争いのように双方の緊張感は高いのですから。

それでも、私たちはなんとかしてコミュニケーションの手段を考えないといけないと思います。これまで自分と考えが違う人は見えない人、存在しない人だったかもしれませんが、私たちは世界の多くの人々だけなく、自分が住むコミュニティの中でさえ自分とは違う世界があることをもっと強く認識しなければならない。芸術やジャーナリズムにかかわる人はもっとこのことを意識すべきです。

小説であれ、大衆向けのエンタメであれ、もっとオープンになってリベラルや進歩的な考えを持つ人たち以外の声も取り上げていかなければいけないと思います。リベラル側の人たちはこれまでも本や芸術などを通じて主張を行ってきましたが、そうでない人たちが同じようにすることは、多くの人にとって不快なものかもしれません。

しかし、私たちにはリベラル以外の人たちがどんな感情や考え、世界観を持っているのかを反映する芸術も必要です。つまり多様性ということです。これは、さまざまな民族的バックグラウンドを持つ人がそれぞれの経験を語るという意味の多様性ではなく、例えばトランプ支持者やブレグジットを選んだ人の世界を誠実に、そして正確に語るといった多様性です。

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