「サンドラの小さな家」に見る女性の境遇の今 アイルランド・ダブリンの住宅事情も物語る

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彼女の理解者となったのが、英国演劇界を代表する演出家であるフィリダ・ロイド監督だ。彼女が舞台演出を務め、すべてのキャストを女性で固めた異色のシェイクスピア劇「ヘンリー4世」「ジュリアス・シーザー」「テンペスト」という三部作に出演していたことから、ロイド監督とも交流があったというダンは、本作の脚本執筆中にもロイド監督に本作の草稿を読んでもらい、アドバイスを受けていたという。それゆえに、ダンの強い思いを理解していたロイド監督がこの作品のメガホンをとることになるのは必然ともいえた。

企画・脚本に加え、主演を務めるクレア・ダン(左)。フィリダ・ロイド監督の唯一の条件が「クレアが主演をすること」だった ©Element Pictures, Herself Film Productions, Fís Eireann/Screen Ireland, British Broadcasting Corporation, The British Film Institute 2020

そうした強い思いで脚本を書き上げたダンだったが、映画の製作資金を集めるためには著名な俳優が主役を演じたほうがいいのではないかと最初は感じていたという。だが、そんな彼女に向かってロイド監督は「わたしが監督を引き受ける唯一の条件は、クレア(・ダン)が主演をすること」と持ちかけた。

ロイド監督は、英ガーディアン紙のインタビューに「わたしの映画監督としてのキャリアは大作から始まったので、ちょうど低予算の映画を作りたいと思っていた時期だった」と語っていたが、スター俳優を出演させる代わりに、自由でクリエーティビティのある製作体制を構築できるということも大きかった。さらにダンの周辺に息の合う俳優たちを集めることで、温かみのある作品世界を作り出すことの重要性も感じていた、ということもあったようだ。

「今日生きている世界が舞台」の物語

さらに本作の製作においては、スタッフの男女比を半々にすることにこだわったという。プロデューサーのシャロン・ホーガンは「わたしたちが目指したのは、女性が語る女性たちの物語。力強く希望に満ちた話ですが、わたしたちが今日生きている世界が舞台の物語だから」とその理由を述べている。

本作を執筆するうえで、DVの被害者、建築家、経済学者、ソーシャルワーカー、心理学者や女性の支援団体、弁護士、ジャーナリストなど、何年もかけて多くの人に会い、取材を敢行したというダン。その中で「サンドラを被害者として描きたくない。なぜなら彼女は勇敢だから」という思いが強くなったという。その言葉どおり、シングルマザーである主人公をとりまく環境はとても厳しいが、それでも困難に立ち向かおうと一歩を踏み出した彼女の力強さが印象的だ。

そしてもうひとつ、本作を大きく貫くモチーフは、アイルランドで昔から伝わる「メハル(皆が集まって助け合い、結果自分も助けられる)」の精神だ。

ダンも「植民地化される前のアイルランドでは、私たちは家族のために家を建てていた。そこには共同体意識があった。人生にはさまざまな周期が巡ってきます。時には誰かに手を差し伸べる必要があるし、人生は何度でもやり直せると信じなくてはならない。この作品を観ることで、住宅危機の問題にとどまらず、他者とのかかわりや人間は本来どうあるべきか、考える機会になればと願っている」と語る。

人は決してひとりでは生きていけないが、互いに寄り添い、助け合うことで成し遂げられることもある。そんな人々のつながりが、温かい気持ちを呼び起こす。

(文中一部敬称略)

壬生 智裕 映画ライター

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みぶ ともひろ / Tomohiro Mibu

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。近年は年間400本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、とくに国内映画祭、映画館などがライフワーク。ライターのほかに編集者としても活動しており、映画祭パンフレット、3D撮影現場のヒアリング本、フィルムアーカイブなどの書籍も手がける。

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