監督をやりたいのではなく、映画を作りたい 木村大作監督が語る映画へのこだわり

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 日本映画界を代表する名カメラマン・木村大作にとって『劔岳 点の記』(2009年)以来、5年ぶりとなる監督作『春を背負って』が公開されている。
 笹本稜平の同名小説を原作に、松山ケンイチ、蒼井優、豊川悦司、檀ふみ、小林薫、新井浩文、吉田栄作、安藤サクラ、仲村トオル、石橋蓮司ら実力派のキャストが集結した本作。父から子へと受け継がれる思い、仲間を思う人間たちにスポットを当て、山に生きる人々の物語が描かれる。今回は原作の舞台・奥秩父を、立山連峰の3000メートルを超える大汝山に建つ山小屋へと変更。その山頂から見える360度の大自然を背景に、美しい四季の移ろいが描かれている。そこには、「人は皆、何かを背負って生きていくしかない」という木村監督の人生哲学が映し出されている。
 前回に続き、今回も、木村大作監督に、映画に対する思い、情熱、こだわりなどについて聞いた。
 ●前回:「木村大作監督が語る撮影に対する“覚悟”」こちら

もう一度監督をやろうと思った理由

――木村監督が『劒岳 点の記』で監督をやろうと思ったのは、周りに年下の監督が多くなって、カメラマンとして呼ばれることも少なくなるだろうからだ、というようなことを以前、おっしゃっていましたが、そのときは「ただ1度の監督だ」ともおっしゃっていました。

『劒岳 点の記』が出来上がったら、もう日本映画界とはおさらばだって言っていました。実際、映画が終わった後は、俺の人となりや映画作りなんかについて話をしてくれという依頼があったので、講演で日本各地を回っていた。でも、そのうち講演の依頼もだんだん来なくなったので、しまいには「俺、どうやって食べていこう」と思うようになった。そのときに考えたのは、俺はやっぱり映画が大好きで、俺の人生は映画と共にあるけれども、でも、その前に生きていかなきゃいけないんだと。「武士は食わねど高ようじ」ばかりはやっていられない。そう思ったときに、企画から監督から、何もかも全部やって、それが通れば自分の仕事ができるんじゃないかと思ったわけ。結局、今さらほかの仕事もできないからね。しだいにもう1本やりたいなと思うようになったというわけ。

――そこで、この『春を背負って』を作ろうという話になるわけですね。

だから東京で完成報告会見が行われたときには謝りました。みんな笑っていたけどね。まあ許してくれたよ。

講演会をしていたときにも「もうこれでやらないよ」なんて言ったら、みんなから「そんなこと言わないで、やったらどうですか」と言われてね。これはいちばんの笑い話なんだけど、中小企業の社長さん相手に講演をやったときに「人生、徒労の連続だよ」とぶちまけたんだ。要するに徒労と思ったことをやらないと、その先は何もないぞということを言いたかった。「能率、効率と考えて、ヒュッと行くなんてことは、ありえない。徒労というか、無駄な骨折りと思っても、そこへ突っ込んでいく勇気を持て。そうすれば何か出てくる可能性がある!」とか言ってね。けっこうみんな感動していたよ。そうしたら、それからしばらくして、その中のひとりから手紙が来たんですよ。次回作の『徒労』を早くやってくださいってね(笑)。

どこの講演会でも、「もうやんねえよ」と言っていたんだけど、「そんなこと言わずにやってください。山の映画をやる人なんて木村監督しかいないから」とか言われる。そうすると「あれだけ言われるんだから。ま、いいか」という気持ちにもなるわけでね。自家用車を使って47都道府県を宣伝に回るのも、これをなんとかヒットさせようという気持ちがあるから。それはやっぱり映画をもう1本やりたいという気持ちの表れなんだよ。

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