「ジョン・レノン」繋がりから見えた新たな真実 幼い頃からの歴史を次世代に伝える男の証言
管理人の住居は「下宿部屋」
――メンディップスに住んでいたとき、その1日はどんな様子でしたか。
朝は7時から7時半の間に起きて、準備をして、階下に降りて朝食を食べます。裏庭に面した「下宿部屋」と呼ばれる部屋が管理人の住居です。1947年から1962年にかけて、(ジョンの伯母の)ミミがリバプール大学の学生の下宿人を受け入れていて、「下宿部屋」はその学生用でした。
朝食は、庭に続く「モーニングルーム」で取ります。モーニングルームは、ジョンのお気に入りの場所だったそうです。私の妻・シルビアは、朝食の後、(ポール・マッカートニーが育った家で同じくナショナル・トラストが管理している)「フォースリン・ロード」へ出勤します。
妻が出かけると、家全体をチェックし、皿や電気ケトル、トースターなどをきちんと片付けたかを確認します。それから、掃除機をかけ、必要に応じてモップ掛けやホコリ取り。家具の位置も調整します。最初のツアーが10時15分頃に到着するので、それまでにその日に話すことを頭の中で反すうし、「管理人のコリン」に変身するわけです。
メンディップスはミミの家で、ミミの夫ジョージは1955年に亡くなりましたが、ジョンは5歳の時、1946年にここで一緒に住むようになり、22歳まで暮らしました。一時、ジョンの最初の妻・シンシアと赤ん坊だった息子のジュリアンも住んでいたことがあります。ですから、話すべきエピソードがたくさんあるんです。
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