女には魂があるかどうかすら疑われた中世の出来事とはいえ、それはいくら何でもひどすぎる。しかし、神様の前に誓った結婚を解消することが許されず、フランチェスカは文句ひとつ漏らすことなく、現実を受け入れるしかなかった。ところが、親戚となったパオロ君はいつだって近くにうろちょろしており、フランチェスカに熱い視線を送り続けていた。それはどう我慢できようか……。
2人がランスロットとグィネヴィア王妃の物語に読みふけっていたある日、パオロは自らの感情を抑えきれず、フランチェスカの唇に自らの唇をかすかに触れ合わせた。読んでいた物語もまた、有名な不倫の話なのだが、文学の言葉に誘われるがままに、彼らはついに結ばれていく。
フランチェスカが語る「悲劇」
やがて密会を重ねて、夢中になっていた2人の関係を感づいた夫は、その裏切りに驚愕し、怒りのあまり実の弟と妻を自分の手で殺してしまうのだ。その挙げ句の果てに地獄行きですか? とダンテを責めたくなる気持ちは非常によくわかるが、理不尽だと思っても、人間は神様の定めに対して異議を申し立てることなんぞできませぬ。
暴風が少しだけ止み、ダンテは近づいてきたパオロとフランチェスカに話しかけるが、待ってましたとばかりに、フランチェスカは自らの悲劇を語り始める。
prese costui de la bella persona
che mi fu tolta; e 'l modo ancor m'offende.
アモーレは優しい心にすぐ火をつけます
だからこの人は、私の美しい身体がゆえに欲望に溺れた
奪われてしまったその私の身体、あの時のこと考えただけに心が乱れる
mi prese del costui piacer sì forte,
che, come vedi, ancor non m'abbandona.
アモーレは愛された者は同じ気持ちを返さなければ許しません
だから私も恋に落ちたの。そしてその気持ちがあまりにも強すぎたので、
ご覧の通り、今でも私を支配し続けるのです
Caina attende chi a vita ci spense.
アモーレによって私たちは同じ死に至りました
私たちの命を奪った人もまた地獄に落ちることになるでしょう
嗚呼、フランチェスカよ、貴女の運命は悲しすぎたのだ……。イタリア語が一切わからなくても、この3つの段落の字面を見ただけで、激しい感情がひしひしと伝わってくる。地獄に突き落とされても、フランチェスカの頭の中には甘くて、切ない、心を揺さぶるアモーレしかなく、その単語はそれぞれの3つの段落の先頭に堂々と登場する。
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