「まだ154キロ出る」26歳元広島投手、悲壮な挑戦 大谷・藤波世代の辻空が語る断固とした決意

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その後、仲間たちに「もう1年やるから」とメッセージを送った。「絶対応援に行くから」「もちろんやるに決まってるでしょ!」。気持ちのこもった返信に、辻の胸は熱くなった。仲間たちは第2の人生を歩むべく、就職活動を始めた。見据える先は違えど、目標に向かって邁進することは変わらない。仲間たちの想いを託された辻は、「さらに強くたくましくなろう」と自分自身に誓った。

シーズン終了直後、辻は岐阜県の実家に帰省した。今後のことを家族ときっちり話したほうがいいと考えたからだ。母と一緒に暮らしている祖母、叔父を交えて、晩酌をしながら家族水入らずで語り合った。

「お母さんは、『自分の好きなことをやれ』って言ってくれたんですけど……。おばあちゃんと叔父さんからも『お前は野球しかないだろ!もう1年やれ!無理矢理でもやれ!』って、攻められて。『そんなに簡単じゃないんだよ』と言ったんですけど、『決定!決定!』とか言われちゃって(笑)」

そう振り返る辻が笑顔だったことからも、「まんざらでもない」気持ちだったことがうかがえる。

「みんな、僕が野球をやっている姿をまだ見たかったんだと思います。そんな家族がいてくれてうれしいです。ずっと応援してきてくれたから、自分のことより、家族のために、って気持ちになれるんです」

母の手術は無事に成功

家族の言葉は、辻にとって、これ以上ない後押しとなった。実家にいる間は、自然と母と話す機会も増えた。

女手一つで育ててくれた辻の母は、大の野球好きだ(写真:TBSテレビ)

母の手術は10月末に無事に成功した。抗がん剤治療も終わり、取材日時点では飲み薬だけで治療中だそうだ。転移もなく、順調に回復している。年明け1月からは仕事にも復帰する予定だ。

2021年シーズンが「正真正銘のラストイヤー」だと辻は言う。「子どもの頃からずっと観にきてくれていたから、最後の試合くらいは生で観戦してほしい」と思っていた辻に、母は「今年は病気で試合を観に行けなかったけど、来年は元気だから観に行くからね」と告げた。

取材日はちょうど辻の帰省のタイミングと重なったが、それまでシーズンオフは埼玉県でトレーニングを続けていた。近所の河川敷にブルーシートを敷き、朝9時から昼ごろまで自主練習に励む日々。

「一緒に練習する後輩が毎朝迎えに来てくれるんです。僕も免許は持ってますけどね」。そうはにかんだ辻は、仲間たちが引退したことで、投手ではチーム最年長になった。最年長といっても、今年26歳。まだまだ老け込む年齢ではない。

「僕は大谷・藤浪世代(1994年度生まれ)。彼らは日本を代表する選手ですし、26歳はこれからまだまだ活躍できる年齢だと思っています。150キロが出なくなったならキッパリやめられますけど、僕はまだ154キロ出せる。あきらめ切れません」

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