「まだ154キロ出る」26歳元広島投手、悲壮な挑戦 大谷・藤波世代の辻空が語る断固とした決意
リハビリ中、信頼を寄せる先輩(広島東洋カープ・薮田和樹)にその悩みを打ち明けたこともある。「ケガしてるときは、先が不安になるし、決断するのは難しい。けど、まだ自信があるなら絶対に続けたほうがいい」。その言葉で辻の「もう1年やってみたい」という気持ちが膨らんだ。
それでも、完全に迷いを捨てきれたわけではなかった。あきらめないことも大切だが、人生には見極めも大切だと、痛いほどにわかっている。ただ確かなことは、このままケガから復帰することなくボールを置いたら、絶対に後悔するということ。
「どうせやめるのなら、ボロボロの状態でもいいから、意地でも最終戦で投げてからやめてやろう」
医師には「最終戦にも間に合わない」と言われていた。しかし、辻は開き直り、目標を「シーズン最終戦での登板」に定めて気持ちを切り替え、懸命のリハビリを続けた。
ケガは治りきらないままマウンドに
ところが、またしても新型コロナウイルスの影響で試合中止が相次ぎ、シーズン終了が予定よりも早まることに。監督からの「今投げないと、もう投げる試合がないぞ」という言葉に奮起し、10月6日、辻はマウンドに上がった。
8月8日に負った全治2カ月のケガは、当然治りきっていない。痛み止めの薬を飲み、体はテーピングでぐるぐる巻き。昭和のスポ根漫画を彷彿とさせる状態で、辻はマウンドに上がった。
ケガをしてから練習も満足にできず、ブルペンにもほとんど入っていなかった。「最後の登板」でめった打ちにされれば、それはそれであきらめがついたかもしれない。
しかし、少し意地悪な野球の神様は、まだ辻の投球を見たいと思った。満身創痍の辻は1イニングを投げ、わずか9球で三者凡退に打ち取る好リリーフを見せた。それから2週間後の20日には、西武ライオンズ2軍との練習試合で、1イニングを三者凡退。球速は153キロまで戻った。2軍、練習試合とはいえ、現役のプロを相手に、辻のストレートは前に飛ばされる気配がまったくなかった。
「ケガをしてから全然投げられずに、公園で練習していただけなのに、思うようなピッチングができました。『俺、まだできちゃうな』って思ってしまったんです」
「(来シーズンも)野球を続けようと思ったのは、シーズンが終わった後のある出来事が大きかったんです」
それは同じチームの同級生4人の存在だった。試合だけでなく私生活でも助け合い、夢舞台を目指した仲間たち。そのうちの一人、今シーズン限りでの引退を決めた中島奎司郎(なかしま・けいじろう)の最終試合では、泣きながらポジションにつく仲間がいた。ベンチで見守っていた辻も、その姿を目に焼き付けたいのに、視界がかすむのを抑えられなかった。
シーズン終了後、同級生4人は野球をやめる決断をした。しかし彼らは、辻だけには現役続行を願った。「俺たちはもうやめなきゃいけないけど、お前はまだやれるんだからやめるなよ」。
「いやあ、でもなあ」とどっちつかずの返答をしたのは、照れ隠しだ。やめていく者たちからの「お前はまだやれる」の言葉を、無責任だと感じる人もいるだろう。だが当の辻はそうは思わなかった。それは、4人の夢への思いを間近で見てきたからだ。同じ夢を追いかけ、夢破れた仲間たちからの想いに、辻の気持ちが奮い立たないわけはなかった。