プロ引退1年、森福允彦を今も支える2つの武器 ホークス、巨人に在籍し、33歳で戦力外通告
悩みはさらに深まった。が、分からなくもない。ファンに愛された。2019シーズンは2軍のまま終わり、戦力外通告を受けたのだが、「野球を続けてください」という声が多数、森福の元へ届いた。小柄であり、剛速球を持っているわけでもないのだが、絶体絶命のピンチでその名がコールされ、度胸満点のピッチングでそのピンチを切り抜けてきた。マウンドで見せる姿に、独特の魅力があるのだ。
彰夫さんも、父でありながら、ピッチャー森福の熱狂的なファンでもあったに違いない。「やめるな」と言われてしまうと、応えたい思いが湧いてくる。ほんのわずかだった現役続行の意志が、少し増した。どうしてもそれを「0」にできない日々を送っていた。
冬が深まってきた。2020年は、どんな自分が待っているのだろうか。悩みの渦中にあったある日、知人と会った。そしてこれまでの野球人生をちゃんと評価してくれたうえで「頑張ったんだからやめてもいいんじゃない」と言われた。誰もが思う。まだ33歳であり、力量が衰えるのはしばらく先のことだろう。十分な経験値も出色だ。そして何よりファンに訴えかける森福ならではの魅力。それでも、その知人は引退を勧めた。
「そう言ってくれたのは本当にその人だけ。1人だけだったんです」。いわば「超」が付く少数意見だったが、森福はそちらを採った。節目で必ず出てきてくれる助言者。森福はその人となりについて多くは語らなかったが、その助言者が今回に関して言えば、この人であると確信した。
つい最近まで、現役続行も視野にトライアウトを受けた身だ。このタイミングで身の振り方は「何も決まっていませんでした」という。ただ「野球に関係する仕事に就きたい」とおぼろげに考えていた程度だった。
ならば、例えば『巨人OB』というブランドは、今なお第2の人生においては絶大な効力を持つ。それを最大限生かすべく、そのまま東京を拠点としておくという選択もあっただろう。しかし森福がまず考えたのは「10年過ごした福岡に戻ろう」ということだった。
巨人移籍時に厳しい声を浴びた福岡へ戻った
こちらの勝手な心配だが、いまだに日本球界ではFA制度の行使について、お世話になった球団に後足で砂をかけるようなイメージを持つ向きも残っている。事実、森福も2016年オフの巨人移籍時には、一部のファンから「福岡を捨てたんだから帰ってくるな」という厳しい声を浴びせられていた。戻るにあたって、再びそうした目にさらされる不安はなかったのか。
そこはブレなかったという。「球界に恩返し」。引退した選手がよく使う言葉ではある。しかし森福の「恩返し」には、しっかり自己分析をしたうえで方策を探ろうという意図が感じられる。「野球関係の仕事をして、恩返しをすると言っても、僕が球界全体に何かできるかと言ったら、やっぱり無理。だったら自分のできる範囲ということで、(プロとしての)現役をスタートさせた福岡から、と考えました」。
使命感を持つだけではなく、自身の力量を見極めたうえで選んだ土地が福岡だった。だから少々の厳しい声は「覚悟のうえです」と笑った。ほどなくして、福岡の放送局から2020年、ソフトバンクの開幕戦のゲスト解説に、という話が飛び込んできた。
何度も触れるが、森福の人気は非常に高かった。ただそこにあぐらをかいていたわけではなかったからこそ、福岡に戻っても、仕事が舞い込んでくる。そんな人格形成にも、やはりさまざまな人が絡んでいたと明かす。