過去の賢人に学ぶ「成長追わない社会」の作り方 沈みゆく資本主義の船にしがみついていいのか

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しかし、1920年代の思想は、その後、20年ほどのうちに、全体主義的なものへ回収されてしまいました。なぜモースの思想は潰えてしまったのか、私たちが同じ轍を踏まないためにはどうすればいいか。このことを考えなければならないと思っています。

斎藤:私も当時と今日の状況は非常に似ていると思っています。モースも、マルクスのように、西欧以外の文明を探求することで資本主義を超える論理を取り出そうとしましたよね。そのほかにもカール・ポランニーなど、非西欧社会にも目を向けながら、多くの人たちが新しい文明のあり方を追求していました。

しかし、これらの思想は「資本主義の中で経済成長を続けていけば、労働者たちの生活もいずれ豊かになる」という考えに押つぶされてしまった。

資本主義は一時的に労働者の困窮や自然環境の破壊をもたらすかもしれないが、競争でイノベーションが起こるため、生産力が高まる。それにより、いずれみなが豊かで自由な生活を送れるようになる。資本主義がもたらす近代化が、最終的に人類の解放をもたらすというわけです。

「人新世」の実質的な始まり

斎藤:とはいえ、「GDPの増大こそが社会の繁栄をもたらす」という考えが支配的になったのはここ100年くらいの出来事です。

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しかも、そうした道を突きすすむなかで、パンデミック、世界恐慌、世界大戦と大混乱の時代に陥ってしまった。にもかかわらず、第二次世界大戦後も、経済成長こそが進歩の尺度として、絶対化されていきます。このことが、「人新世」の実質的な始まりとなったのです。

中島:皮肉にも、資本主義を批判していたソ連も同じ道を選択しました。

斎藤:ソ連も、あらゆることを計画化・合理化して、資本主義体制よりも高い生産力を実現するのを目指していました。結局はマルクス主義者たちも、「生産力の発展が進歩をもたらす」という近代主義の概念に囚われ、そこから抜け出すことができなかったのです。これが先ほど中島さんのおっしゃった「マルクス主義の呪縛」です。

しかし、一般に言われている、このような「マルクス主義」は、マルクスが晩年に到達したエコロジーの思想とは根本的に異なります。

中島:ええ、だからこそ、マルクスの晩年の思想を掘り起こし、現代の危機の解決にヒントを見出した斎藤さんの『人新世の「資本論」』が大事な一冊だと思うのです。

斎藤 幸平 東京大学大学院准教授

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さいとう・こうへい / Kohei Saito

1987年生まれ。専門は経済思想・社会思想。ベルリン・フンボルト大学哲学科博士課程修了。博士(哲学)。Karl Marx’s Ecosocialism: Capital, Nature, and the Unfinished Critique of Political Economy (邦訳『大洪水の前に』堀之内出版)によって、「ドイッチャー記念賞」を歴代最年少で受賞。50万部を超えるベストセラー『人新世の「資本論」』(集英社新書)は、「新書大賞2021」を受賞。「アジア・ブックアワード」で「イヤー・オブ・ザ・ブック」(一般書部門)に選ばれた。

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中島 岳志 東京工業大学教授

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なかじま たけし / Takeshi Nakajima

1975年大阪府生まれ。大阪外国語大学卒業。京都大学大学院博士課程修了。北海道大学大学院准教授を経て、現在は東京工業大学リベラルアーツ研究教育院教授。専攻は南アジア地域研究、近代日本政治思想。2005年『中村屋のボース』で大佛次郎論壇賞、アジア・太平洋賞大賞受賞。著書に『ナショナリズムと宗教』『インドの時代』『パール判事』『朝日平吾の鬱屈』『保守のヒント』『秋葉原事件』『「リベラル保守」宣言』『血盟団事件』『岩波茂雄』『アジア主義』『下中彌三郎』『親鸞と日本主義』『超国家主義』他。

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